光や音を感知する皮膚

たけしの面白科学者図鑑 人間が一番の神秘だ! (新潮文庫)

 こちらは皮膚科学の達人、傳田光洋さんのお話です。

 

P197

たけし 肌って、ずいぶんと面白いものなんですね。よく日本語で「肌が合う」とか「肌が合わない」とか言う。でも、「脳が合わない」とは言わない。「肌が合わない」と言った場合、考え方が違うというより、もっとお互いが根本的に違うという要素が含まれているような気がする。

 ・・・

傳田 ・・・私が調べてみたところ、皮膚というのは想像以上の情報交換が出来るんです。表皮そのものが圧力や温度ばかりではなく、光とか音まで感知しているらしいことが分かってきました。・・・

 ・・・ここでは音について説明しますね。芸能山城組の山城祥二先生、本名・大橋力先生のラボに行ったことがあるんです。大橋先生はインドネシアにあるガムランという音楽に注目された。ガムランの演奏時、奏者がトランス状態になることがあります。しかし、ライブ演奏ではトランス状態になっても、CD録音された演奏ではトランス状態にならない。音を調べてみたら、CDというのは二万ヘルツまでの音しか入らないのに対して、ガムランの実演は一〇万ヘルツ以上の音まで含まれていることが分かりました。・・・それでガムランの音を一〇万ヘルツ以上のままで録音して聞けるようにすると、やはりトランス状態になるそうです。もっと興味深いのは、その時に被験者の首から下を音を遮蔽する物質で覆ったら、一〇万ヘルツでも影響がなくなった。彼の仮説としては、人間は耳に聞こえない音を首から下のどこか、体の表面で感じているというんです。

 ・・・

 大橋先生のところでは、映画「AKIRA」も見せられました。あの音楽を大橋先生の芸能山城組が担当していて、最初に二万ヘルツ以下の音楽が入っているバージョンを見せられ、次に一〇万ヘルツ以上の高周波領域の音が入っているバージョンも見せられました。あの映画ではバイクが荒廃した東京を疾走し、立て続けに爆発が起きます。普通の二万ヘルツのバージョンは見ていてもどうということもなかった。しかし、大橋先生ご自慢の高周波が入ったバージョンを見たら、「バーン」という爆発音を聞いた瞬間に、こちらの体がうしろにのけぞるんですよ。何だかわけが分からない。とにかく体が反応してしまうという感じです。

 ・・・私は高周波音は表皮機能にも影響するのではないかと考えた。そう思うといつも皮膚のバリアの回復機能の実験をやるんです。すると、可聴音である五〇〇〇ヘルツの音はバリア機能に影響を及ぼしませんが、一万~三万ヘルツの音の照射は、皮膚のバリア機能の回復を促進したんですよ。もう一つ面白い研究があります。二〇〇九年の『ネイチャー』に載ったのですが、マイクに息が当たるような破裂音「ぱ(Pa)」と、破裂音ではない「ば(ba)」の音についてです。これは両方とも可聴領域の音ですが、被験者に向って「ば」の音を聞かせながら、被験者の手の皮膚に空気を吹き当てると、「ぱ」と聞こえてしまうんです。

 

たけし 嘘でしょう。錯覚じゃないんですか。

 

傳田 可聴領域の音を聞く際にも、皮膚への音圧が関係している可能性があるということです。

 ・・・

 

P207

 アントニオ・ダマシオという有名な脳科学者がいますけど、彼は、脳を培養液に入れて生かすことができたとしても、その脳に意識は生まれないと言っています。つまり、我々の意識というのは、脳が生み出すものじゃなくて、体との相互作用の中で生まれるんだと言うんです。脳はただそれを仲介しているだけの臓器の一つにすぎないと。脳と体のいろんなところで我々の意識はつくられていると言っていて、その中でとりわけ皮膚感覚というのは重要だろうと指摘しています。脳の研究者がそう言っているんです。