人間動物行動学の先生の、身のまわりで起こる面白い話が紹介された本。
たまたま見かけて読んでみたら面白くて、シリーズでたくさん出ているようなので、他のも読みたくなりました。
P28
鳥取駅から北へ一キロほど行ったところに、真教寺動物公園という小さな市立の動物園がある。遊具も設置された公園のような広場に隣接する形で、シマリス、ニホンザルなどの哺乳類、オシドリ、マガモなどの鳥類が檻のなかで飼われている。
あるとき、野生動物の飼育にうるさい私の妻が、偶然その動物園に行き、内部の構造と管理の見事さに感心して帰ってきた。
「あれを設計したのはただものではない」
と言ったので、どこが見事なのか詳しく長々と話させ、最後に、あれを設計したのは私だと言ってやった。順序が逆だったら話はすぐ終わっていただろう。
実は、動物園の一部が改築されるとき、シマリスやプレーリードッグ、アライグマの檻の内部の構造について、私も意見を求められ、各動物の自然生息地が再現されたような植物や水場などの配置と、巣穴のなかの動物たちの様子が見えるような仕組みを提案したのだ。
P184
今年の二月、私の家族は引っ越しをした。鳥取駅から一キロほど北西にあった借家を後にし、そこから二キロほど西、日本海から一キロほど南にある二階建ての借家である。・・・
さて、二階のベランダからは、隣の家のイヌが見える。柴犬を基調に、ほかに何か別の系統が入ったような、柴犬的雑種である。中型で、体はベージュ色、黒くて大きな目がとても愛らしい。
ただし、そのイヌはよく吠える。おそらく番犬としての期待も背負わされているのだろう。
引っ越しの挨拶に、はじめてその家に行ったとき、私と妻を見て一生懸命吠えた。でも、われわれにはまったく効き目はない。
妻が「しっかりお仕事しているのね」と声をかけていた。
けなげな姿はとてもいとおしく、われわれはそのイヌに触りたくて、「よだれが出るね」と話した。(実際われわれは、たとえばラブラドールの子犬を見ると頭がぼーっとしてよだれが出る。病気かもしれない。)
名前はクロというらしい。・・・
・・・
しばらくして、町内会で回覧板が回ってくるようになった。幸運にも、回覧板の順序は、わが家の次がクロちゃんの家であった。クロちゃんに会える口実ができた。
一回目の回覧板を持っていったとき、家の前の道路に現れた私を見て、クロは吠えはじめた。
私は、まーまーそー吠えるなよ、と言いながら、吠えているクロの近くにしゃがみこんだ。そしていろいろと話をした。「生まれはいつか」とか、「何が好きなのか」とか、「最近体調はどうか」など、たいした話ではない。
クロは依然として吠えているが、その頻度が減っていった。表情に「こいつは何か違うぞ」という様子がありありと見えはじめた。
今回は、クロに、私のことを知ってもらえばいいという程度の思いでやって来たのだが、これなら、もうすぐにでも親しくなれるかもしれない。よく吠えるけれども、性格は少し恥ずかしがりや、人なつっこい性格だと思った。
クロとの距離を少しつめ、顔をつき出して、「クロちゃん、クロちゃん、いい子だね」、そんな言葉を数分繰り返した。するとクロは、まったく吠えなくなり、リラックスして地べたに体を伏せ、休みはじめた。時々私を見つめる目も穏やかだった。
よし大丈夫だ。
私は手を地面に這わせながら、「クロちゃん、クロちゃん」と言いながらクロの前足へと手を近づけていった。そして、足に触り、少しずつ頭のほうへと手を移動させていった。
イヌが気持ちよく感じる場所は心得ている。喉や背中、耳の後ろなどをゆっくり、慎重になでてやった。
思ったとおり、クロは時々目を細めて気持ちよさそうな顔をしている。
今日はここまでだ。
「じゃクロちゃん。またね」と言ってひきあげた。
一〇日ほどして、次の回覧板がきた。
・・・私は勇んでクロの家、いや、クロの飼い主の家へと出かけていった。
クロの記憶に私は残っていたらしい。
家の前の道路に突然現れた私に、はじめは吠えたが、「おい、クロ。オレ、オレ」とわけのわからないことを言いながら近づくと、クロはピタッと吠えるのをやめ、私をじっと見ている。今度は、いきなり、顎から喉、頭、背中、体全体をなでてやった。
「じゃ、またな」
私もなごりおしかったが、クロもそうだったに違いない。振り返ると、立ち去る私をずっと見ていた。
それからまた一〇日ほどして回覧板がきた。
このときは、クロは、家の前に現れた私を見てまったく吠えなかった。
・・・
近寄って体をなでていると、クロが何かおかしな動作を始めた。
頭を下げてひねり、頭の上面を地面にこすりつけるような動作である。私は、なでてほしい場所を私に提示しているのだろうと思ったが、それは半分当たって半分間違っていた。
クロは人間の赤ん坊のように、完全にあおむけになったのである。そこにいたって、私は動作の意味をやっと了解した。
その動作は、オオカミの群れで、若い個体が、ボスに対して完全服従を示すときにとる姿勢であった。・・・
・・・ということはつまり、クロは私をボスとみなしているということになる。
もし、そうだとしたら、それはうれしいことでもあるが、困ったことでもある。私は飼い主ではないからである。・・・
私は、クロの体を起こして立ち上がらせて、頭を何回もなでてやった。そして、これからは、少し気をつけてクロと接しようと思ったのである。
明日はちょっとブログをお休みします。
いつも見てくださってありがとうございます(*^-^*)