おもしろく、おいしく、楽しく

わたしをひらくしごと

 チーズを造っている月村さんのお話です。

 月のチーズ

 ちょっと長い引用になりますが、こんな風に人生がつながっていくんだなぁというのがとても興味深く・・・

 

P168

 僕らが子どものころって、都市に住んでる子どもを田舎に行かせるのが流行っていたでしょ。山村留学とかサマーキャンプとか。僕は「森の子どもの村」っていうキャンプに小学6年生のときから参加してたの。

 ・・・

―キャンプの間にやることは、みんなそれぞれ違うんですか?

 釣りに行こうが、川で泳ごうが、木に登ろうが自由なの。僕はずっと労働してたけど(笑)。

 ・・・

 ・・・収穫を手伝ったり、収穫物を夜中までかかって選別したりっていう作業自体も楽しかった。で、僕は体が大きかったから力仕事にまわされるようになって、酪農家の手伝いに行くようになって。いま僕が(チーズの原料の)牛乳を買っている村田牧場さんも、じつはこのときからのつき合い。そうして中学1年生の夏が終わって、それ以降は冬も来てたんだよね。春も来てたかな。高校生になってからもね。

 ・・・なぜって、酪農がかっこいいなと思っちゃったんだよね。・・・だから早く仕事を覚えたくて手伝ってたんです。

 ・・・高校卒業後、農業の専門学校に行ったんです。・・・でも、そこを卒業してどうしたかっていうと、コナミスポーツクラブの水泳のインストラクターになっちゃった。

―学生時代はずっと競泳をやってたんですよね。

 そうです。農家にはなりたかったんだけど、その前に、若いときにしか経験できないことをしておきたいなと思っちゃって。というわけで、なぜか家畜人工授精師や家畜商の免許をもってるインストラクターの誕生だよ(笑)。2年半くらいやってたかな。

 ・・・

―チーズに興味をもったのはいつごろなんですか?

 学生のころから。チーズはそのうちきっとやるだろうと思ってたから、食べ歩いたり、国内の工房をまわったりしてたの。

―そのうちやるだろうと思ったのは、どうしてなんだろうか。

 酪農家になったら、チーズをつくりたいってきっと思うだろうなって。海外では酪農家がチーズをつくるのはわりと普通のことだから、日本だってチーズの文化が熟して、ゆくゆくはそうなるだろうと思ってた。・・・

 だから卒論も「世界から見る日本のチーズ」をテーマにして、フランスに視察に行ったんですよ。・・・

―でも、酪農品にもいろいろあるでしょう?なぜとくにチーズに目をつけたんでしょう?

 おいしいからじゃない(笑)?おいしくなければ意味ないじゃん。

―いいね~(笑)。

 そうじゃないと、自分がのってこないでしょ。・・・

 ・・・で、26歳くらいのときに、じゃあチーズの勉強をしよう、それも製造より先にマーケティングの勉強をしておこうと思ったわけです。それで転職すべく就職活動を始めました。そのときにはもう未央(奥さん)と結婚することになっていたから、・・・ご両親には無職の状態で結婚の挨拶に行ったもんだから、お義父さん、ポカンとしてたよ(笑)。

 ・・・

―・・・それで、「チーズ王国」の吉祥寺店勤務に?

 そう。・・・

 で、吉祥寺店はけっこう売れるから、販売用に小分けするために大きいチーズを日々、切るのね。

 ・・・

 30キロ以上あるパルミジャーノレッジャーノも1日でなくなっちゃう。切っては食べ、次の日また切っては食べ、とやっていると、味の違いがわかってくる。・・・

 ・・・で、インストラクターやヘルパーのときと同じように、楽しいからアホみたいに働いちゃって。気づいたらたった半年くらいで店長になって、お義父さんに「おまえの会社は大丈夫なのか」って言われたよ(笑)。

 ・・・

 そのあとマネージャーになって、課長になって。そうなると百貨店の食品部長なんかとも話せるようになるし、どういうふうにこの国の販売がまわってるのかもわかってくるし、つくり手とも関係ができる。おかげで、そのとき知り合った人たちとはいまもつながってます。

 ・・・

―ちょっと話を巻き戻しますね。チーズづくりをするために、再び北海道に行ったあたりの経緯を教えてください。

「チーズ王国」に勤めながらも、北海道でチーズづくりができる場所を探してたんです。・・・あるとき、さっきも話した村田牧場さんから連絡がきて、よさそうなところがあるぞって。・・・

 ・・・そのときにはつくりたいチーズもだいたい決まってた。好きなチーズはいろいろあるんだけど、それだけじゃ足りなくて、それで食っていけるもんじゃないとダメでしょ?貧乏でもおいしいチーズがつくれさえすればいい、それが俺の人生なんだ、っていうふうには俺は全然思わない。・・・クルマには乗りたいし、ビールは必ず飲みたい(笑)。

 それで、回転率がいいものにしようと思って。つくったものをすぐに全部売れば、すぐにお金になるでしょ。しかもフレッシュチーズなら熟成庫を設置しないで済む。熟成庫って、ものすごいお金がかかるから。

 ・・・フレッシュチーズに勝算はあった。・・・国内では本物のクリームチーズがあまりつくられていなかったから。それからフロマージュブランは、「チーズ王国」在籍時代にお客さんだったフレンチのシェフたちが「日本では高価で手が出ない」って嘆いてたから、これも商機があるなと思って。・・・

 ・・・

―チーズづくりはどうやって会得したんですか?

 ・・・参考にしたのは、あるフランスのチーズで、それを分析にかけたの。江別の「食品加工研究センター」・・・に泊まり込んで、データをとって、僕のチーズのたたき台をつくったの。・・・

 ・・・そのあと「オホーツク圏地域食品加工技術センター」で、実地試験をして。・・・

 だから僕は誰かに習ったわけではなくて、僕の味を一緒に構築してくれるブレーンをつくったというのかな。いまでもそうだけど、僕は自分に足りないものは、誰かに頼む。で、一緒にやって、実現する。・・・

―真剣さと熱意があれば、応えてくれる人がいるんだね。しかしその計画性と行動力は、どうやって培われたんだろうか。

〝食っていく〟っていうことに対してリアリティのある母親に育てられたからかなあ。でもね、どうやったらおもしろいかっていうのは、いつも考えてて。それは水泳でも、チーズでも。・・・

 ・・・

―楽しいかどうかが、いちばん大事ですか?

 原動力はそこだけですね。楽しむっていうところだけは、絶対にブレない。自分が楽しまないことには人も楽しめないと思うから。だから逆にいうと、他人はともかく、自分が楽しめればいい(笑)。

 ・・・

 楽しいったって本当に辛いときももちろんあるわけだけど、でもその先にはやっぱり、楽しさがないと。だって、せっかく生きてるんだからさ。