スランプのときは

羽生善治 闘う頭脳 (文春文庫)

作家の沢木耕太郎さんとの対談の中で、スランプについてのお話がありました。

 

P344

沢木 ・・・ある朝、部活の練習なのかな、高校生の三人組がジョギングしながら僕を追い抜いていったんですが、そのとき彼らが「スランプってさ、次の成長のための心の準備期間なんだって」「そうか、救われるなあ」って。すごい会話だなあと(笑)。

羽生 へえ、含蓄に富んでますね(笑)。高校生とは思えない。

・・・

羽生 ・・・スランプのときって、何でもやれる時期でもあると思うんです。調子のいいときだと思い切ったことはやりづらいですけど、悪いときなら、どうせうまくいかないんだからと実験的なこともやりやすくなる。変な言い方ですけど、ある程度負けるのを覚悟の上で―初めてのことをやるときは大抵負けるんですが、それを承知の上でやってみる。

沢木 羽生さんにそう言われると、なんか勇気出るなあ。

羽生 野球でいうと、直球を投げなきゃいけない場面って、やっぱり出てくるんですよね。どんなにストレートが遅くなっても、変化球で逃げてばかりじゃ駄目なので。直球を投げて、ホームランを打たれても、やっぱり投げるときは投げる。それでまた打たれたら、まあしょうがなかったな、と割り切るのが大事なのかなと思ってます。

沢木 羽生さんはそういう、負けたときの割り切り方というか、気持ちの切り替えは、スムーズにいくほうなんですか。負けたときは当然悔しいわけでしょう。

羽生 そうですね。それをどう引きずらないかというか、うまい対処法を見つけるかということは、ずっと課題としてあります。・・・やっぱり三十代、四十代になってからのほうが、切り替えはスムーズになっていると思います。こういう負け方のときにはこう対処したほうがいいというような、ノウハウみたいなものは蓄積されてきたかなあと。