森へ行く日

森へ行く日

 きれいな写真とともに、日帰りできる高尾山や北鎌倉や、少し足を延ばした草津なども紹介されている本。春になったら行きたいな~と思いながらページをめくりました。

 

P118

 戸隠には年に二度ほど行く。節分から春分の日の前後までの時期と、六月、夏至の頃である。どちらも定宿にしている「御宿・諏訪」にお世話になる。

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 かつてこの宿は延命院という名で呼ばれる宿坊だったそうだ。戸隠自体が、そもそも修験の山であり、寺であった。江戸時代には壮麗な杉木立の参道に、宿坊が軒を連ねていたという。それが明治時代に神社となり、以来、この宿を代々営む諏訪家も戸隠神社の神官を務められている。

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 諏訪雅彦さんは、宿のご亭主と料理人と神官の三足のわらじでいつも大変忙しい。けれど、手書きの祝詞であげてくれる神事の心優しさや、そのあとのお話は、浮世を忘れてほっと心和むひとときだ。

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 あるとき、食事のあとにご主人と少しだけ話をした。・・・

 どの仕事もみな大変になってきて、周り中がイライラ不機嫌、不安にかられて婚活に走る者あり、このままでは早晩仕事がなくなってしまうと落ち込むひとあり、なんだか暗い話が多くて……。そう言うと、諏訪さんは穏やかに笑って、

「本当にそうですね。でも、そもそも日本人は農耕民族でね、不安定なことが当たり前だったんですよ。雨にも太陽にも気温にも左右されてきた。それでも作物を育て、生き続けてきたんですよね」

 だからこそ、ひとびとは山に祈り、水に感謝し、木々に神を見て、明日の不安を信心と感謝に変えてきた。それが日本古来の信仰の原点なのだろう。

 諏訪さんは、戸隠神社以外にも担当する神社があり、その地域の氏子さんたちを訪問することも仕事のひとつだそうだ。そして代々農業を営んで暮らしてきたひとたちの、地に足の着いた姿勢に教えられることが多いという。土に触れ、土と共に生きる人間は強い。それは、不安定こそが生きる基本と知っているからだろう。

 わたしたちはもう長い間、なにかを勘違いしてきたのかもしれない。安定を確保し、経済を確保し、それがなければ生きることはできないと信じ込んできた。しかし、本来生きるとは、ただ生きる、そういうことではなかろうか。明日、作物が実らず、食べるものがなくなろうとも、暮らしに保障がなかったとしても、そのつど知恵を働かせ、気持ちを切り替えて生きていく。そんな先人の在り方を、もう一度、思い出してみてもいいのではないか。諏訪さんの話を伺い、そんなことを思った。

 森は訪れる者を必ず慰めてくれる。その空気を吸い、歩くだけで、なにかを確実にリセットすることができる。そしてまた、わたしたちがいま、本当にリセットしなければならないものはなにかも、注意深く森を歩けば見えてくる。・・・