たどりついた場所は・・・

世界はフムフムで満ちている 達人観察図鑑

 子どもの頃から・・・という話も、面白いなぁと思いました。

 

P42 気象予報士

 

取材の終盤、彼がテーブルに広げた

古く美しいファイルに目が釘づけになった。

小学生の頃に描いたという架空の予想天気図。

気圧配置を想像して天気図をつくり、

そこから予想雨量まで算出していたという。

しかも毎日。

「まさに三つ子の魂百まで。

いやぁ、おもしろい人がいるもんですね」

帰り道、一緒に取材したディレクターに話しかけると……

「俺は子どもの頃、映画が好きだったから

架空の映画館の館主をしていて、

毎日、上映作品と観客数をノートにつけていたよ」

という話を、乗り物雑誌の記者をしていた友人に話したら

「ボクは小学生の頃、架空の時刻表をつくってた。

青森から鹿児島までノンストップで特急を走らせてね……」

夢をみるのは男の子の仕事、なのか。

 

P50 グルメライター

 

最初にその人に会ったとき、

グルメとはまったく関係ない仕事をしていた。

年間五〇〇軒、外食する(うち一〇〇軒は新規開拓)。

味のポイントを手帳にメモる。

という「あくまでも趣味」を続けているうちに

いつしか膨大なデータベースができた。

友人知人に

インドカレーならどこがいい?」

「中央線沿線でおすすめの寿司屋を教えて」

などと聞かれることが増え、

その名は料理雑誌や料理番組のスタッフにまで

知られるようになる。

それで、会社をやめてグルメライターに。

「自分でも信じられなかったよ。

そんなつもりでやってなかったから」

でも、わたし、憶えていますぞ。

まだ前職に就いていた頃にお聞きした話。

高校時代、銀座の喫茶店や甘味屋を食べ歩き

デートマップをつくってクラスメイトに配ったって。

たどりついた場所は、最初の一歩とちゃんと繋がっている。

 

P80 出版プロデューサー

 

この人が手がけた本はなぜか売れる。

それも多くの場合、まったく無名の著者の本。

手順はこうだ。

①「これは!」というおもしろい人を発見する。

②その人に原稿を書かせ、出版社に売り込みにいく。

③断られても売り込み続ける。「これは!」の直感を信じて。

「これは!という人は……

千人に三人くらいの割合でいます」

うーむ、コンマ三パーセントの確率か。

千人に会ってみるしかないんだろうな。

と、わたしの心の内を見透かしたのか、

ヒントをひとこと付け加えてくれた。

「その三人は、まばらにいるわけではない」

おもしろい人は、固まって存在している。

なるほど、世界はそういうつくりになっているのか。

 

P112 釣り番組のディレクター

 

テレビ業界の住人は、

ダンドリとノリが大好物。

ロケ現場でも飲み会でも

「ダンドリがいいねぇ!」

「ノリがいいねぇ!」

が二大褒め言葉だ。

さて、あるところに

ダンドリ下手でノリの悪いディレクターがいた。

先輩たちを真似ようとすればするほど空回り。

「お前はテレビに向いてない」と何度も言われた。

その彼が、釣り番組を担当する。

釣りのロケは、雨が降ったら中止、波が高ければ中止、

港町で何日も天気待ちをすることもザラだ。

いざ船が出たら出たで、魚が釣れるまで

延々とカメラを回し続けなければならない。

スケジュールがまったく読めない現場で求められるのは

もはやダンドリでもノリでもない。

イライラしないで待てること、その一点なのだった。

「オレこの仕事に

向いてるかもって思った。

初めて、ね、へへへ」

湿った南風、とんびの旋回、

イライラしないという才能。

 

P138 羊飼い

 

霜がびっしりついた枯れ草に、朝日がキラキラ。

氷点下の空気を切り裂いて、犬が走ってくる。

そのうしろから羊飼いが姿を現す。

「ゆうべ三頭出産したよ。ねみいー」

思い出すたびにうっとりする、天国みたいな暮らし。

だけど、家族六人で年収は百万円だという。

羊飼いになりたいけどそれじゃ食えないし。

と悩んでいたとき、モンゴルに行った。

「モンゴルの遊牧民、すげえの」

毎日羊を眺めて、指じゃんけんをして、笑っているのだという。

町では、テレビやトランプが売られているのは知っている。

買おうと思えば買える。

でも欲しがらない。

だって、指じゃんけんが楽しいから。

あまりにも毎日が幸せで、それ以上のものは欲しくないのだという。

「あれ見ちゃったらさぁ、

自分もやりたいことやろうって思うぜー」

それで、北海道のはじっこの雪原に、

「年収百万、それがどうした」の羊飼い一家が誕生した。