盲ろう者の門川さんのお話。すごいなぁと驚きました。
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・・・10代の門川さんは・・・盲ろう者で初めて大学進学を果たした福島智さん(東京大学教授)のあとを追って大学生になり、さらにはアメリカ留学を果たす。
留学は、一筋縄ではいかないことだらけだった。奨学金を得るための書類の作成、渡米時に同行してくれる介助者探し、ゼロから習得しなければいけなかった英語の手話、教科書の点字翻訳の依頼、学生寮の手続き、試験やレポート、食材を買うこと、料理をすること、アルバイト探し……。関門が次から次に出てきて、はなしを聞いているだけで気が遠くなる。門川さんはそれをひとつひとつクリアして、ニューヨークの大学院で社会福祉を学んだ。
はぁ、すごい人がいるもんだ。そして、すごい人には必ずすごい友だちがいる。すごいの連鎖だ。
アメリカでバピンという友だちと出会いました。インドの人。ぼくより五歳下で、最初に会ったとき、彼はまだ一七歳だった。バピンは生まれつきの全盲ろうで、まったく見えないし、まったく聞こえない。話すこともできません。でもなんちゅうか……すごい。記憶力がよくて、パソコンを自作したりプログラミングをしたり。いまは自分で会社をおこして、テクノロジー関係の仕事をしています。
ぼくがマンハッタンに住んでいたとき、バピンが盲導犬と一緒に会いにきてくれたことがありました。地下鉄に乗ってね。ほんまに自殺行為じゃないかと思った。しかも「カレーを食べに行こう」って言い出した。
え、ふたりだけで行くの、ふたりとも見えてないし聞こえてないのにどないするんや、と思ったけど、バピンはまったく心配していない。行ったことがあるカレー屋があるから、カレーの匂いを頼りに行ってみようと言うのです。
バピンに手引きされて行ったけど、ちょっと方向がずれていたみたいで、行けども行けどもカレー屋にたどり着かない。そしたら当時はほんのかすかに見えていたぼくの目にパトカーが見えました。「パトカーがいるぞ」と伝えたら、バピンは紙を取り出して、そこになにやら書いて、「ポリスに見せるんだ」と言って、警察官とコミュニケーションをとっていましたね。で、パトカーに乗せてもらって。カレー屋に乗りつけました。
ふたりでカレーを食べました。盲導犬はテーブルの下でおとなしく待っていた。バピンがメニューをおぼえていて、こんなカレーがあるよと教えてくれて、そこから選びました。ビールも飲みました。
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・・・この一年間に盲導犬ユーザーになった人と犬が集まって門出を祝うイベント。ホテルに一泊し、翌日はゲーム感覚の訓練をするというので、見学しに行った。
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ゲーム感覚の訓練というのは、数人と数頭でチームを編成し、新横浜の街中に設けた徒歩一五分ほどのルートを歩いていくというもの。・・・
秋晴れの空の下、門川さんチームが歩き出した。交差点や地下鉄の入り口にたどり着くと犬がそれを教える。チームメイトのふたりは耳を澄まして、靴音やキャスター付きのカバンを転がす音が近づいてくると声を上げる。
「すみませーん」
だが休日の繁華街で人通りは結構あるのに、誰も止まってくれない。・・・
そのとき、門川さんがさっと手を上げ
「どなたか、道を教えてくれませんか?」
大きな声を出した。するとすぐにおじさんが寄ってきて「どこに行きたいんですか。あぁ、わかりました。すぐそこですから、一緒に行きましょう」と案内してくれることになった。門川さん、ファインプレー。
無事にゴールの喫茶店にたどり着き、アイスコーヒーでひとやすみ。・・・
・・・
「それにしても、最初は誰も止まってくれなかったね」
「近くにいたはずなのに」
「都会の人は忙しいから立ち止まらないのかしら」
そんなことを話していたら、門川さんが言った。
「もしかしたら、声をかけられた人は、耳が悪くて本当に聞こえなかったのかもしれない。ヘッドフォンで音楽を聴いていたのかも。それか、日本人ではなくて、日本語がわからなかったのかもしれませんよ」
あぁ、すごいな。この人は、つねにひとの世の多様性を念頭に置いているんだ。街には目が見えない人も、耳が聞こえない人も、日本人も外国人もいる。だから困ることもあるけど、だからおもしろいんだ。