さまざまな暮らし

なぜイギリス人は貯金500万円で幸せに暮らせるのか? イギリス式 中流老後のつくり方

 イギリスの、いろんな方の暮らしが紹介されていて、興味深く読みました。

 素敵な写真も見て楽しく、思考の枠が広がる気持ちよさもありました。

 

P24

 66歳になるマーガレットは、夫については詳しく話してくれなかったけれど、ずっと女手一つで子育てをし、その傍らクッションやバッグを作ってはクラフトショーで販売したり、祖母や母親に仕込まれたレシピで中学生に料理を教えるなど、小さなビジネスで家計を支えてきた働き者です。

 そんな頑張り屋の主婦マーガレットに転機が訪れたのは、子どもたちも独立し、ほっとひと息ついた58歳の時でした。

「ある日、この近くを友人と歩いていたら、道に迷ってしまった。その時、売り出し中のこの古い学校を見つけたの」

 1982年に閉校した校舎を一目見て、ヴィクトリア時代の教会のような外観だと圧倒され、そっと建物の中に入ったマーガレットは、教会のような高天井と窓から差し込む光に我を忘れます。「ここに住みたい!」そう思った瞬間、ここでケーキを焼いてティールームを始める自分の姿が浮かんだとか。物件は分不相応に高いけれど、なんとしても買いたい。シミュレーションの末、彼女は無謀とも思える購入計画に突き進みます。

 まず結婚後に22歳で手に入れた家を売却。それでも購入資金に届かないとわかると、銀行に直談判し、80歳完済の住宅ローン融資を取りつけました。

 日本では安定した老後を迎えるために、住宅ローンの完済や仕事の整理などいくつかの案件をクリアして、年金生活に入ります。そして、残る余生はおとなしく、したいこと、欲しいものをあきらめて預金を食いつぶさぬよう生きる。収入もない、60歳を目前にした女性がローンで家を買うなんてとんでもないと考えるでしょう。・・・

 実はイギリスの高齢者で自営業を営む人は5人に1人といわれ、専門的スキルを生かした柔軟性ある起業は、珍しいことではありません。イギリスでは2011年、法定定年年齢の廃止が決まり、2014年には中高年の雇用促進プラン「Fuller Working Lives」が立ち上げられました。年をとっても自分の経験を生かして働く人が増えることは国家にとっても望ましいからです。

 とはいえ、友人の多くは、「近くに大きな町がない」「冬は客が来ない」と、この計画に大反対。それでも彼女の決意は揺るぎませんでした。購入後、建物に一つずつ残されていた古いテーブルとオーブンを利用してさっそくティールームを開始。先々必要なものを購入するため、わずかなお金は大切に残して。

 それはほとんど見切り発車でした。あちこちが傷んだ建物の内装も、今月は壁、次はトイレといった具合に少しずつ改修。2階に暮らして、朝7時から夕方5時まで店に立ち、夜遅くケーキを焼く。マーガレットは遅まきのエキサイティングチャレンジに挑みます。

 彼女自慢のベイキングと料理に魅せられた人々によってティールームの評判は広まり、ウォーキング、ボタリング(目的地を決めず気ままなサイクリング)で近くの別荘に滞在する人々の朝ごはんやランチの拠点となっていきます。そうこうするうち、娘の一人、建築家のエマが戻ってきて、ティールームの2階に同居。やがて若き消防士と結婚します。

「好運の連鎖ね。しばらくして新婚の二人が家を買おうとしていたので、『いっそのこと、ここの一部を購入して私のビジネスも手伝ってくれない?』と提案したの」

 ・・・

 居室は5部屋。親子ローンのような形でローンを返済。頭数が増えたおかげでマーガレットの負担は軽減されました。また、利益を分け、税の負担を軽くするため、ティールームの経営権も2年ほど前から少しずつ二人に移譲しているそうです。

 ・・・

 子どもたちの中で一番ウマが合うエマとですら、あまり密接になりたくないと、住居への階段はそれぞれ別に。2階部分の隅と隅に暮らすのも、お互いの領域だけは絶対守りたいから。この村では一人暮らしの高齢者が多いものの、マーガレットにとって一人暮らしは退屈。孫が生まれてから、それまで以上に熱心に働くようになった彼女には、イギリスでは珍しい同居というカタチが一番合っているそう。

 ・・・

「You are what you eat というでしょ、祖母から母に、そして私へと伝えられた秘密のレシピで焼いたスコーンで育ったのよ。私にとってはスコーンとこの腕が財産なの」とマーガレット。「フード・イズ・ライフ」、10年後の夢はここで忙しくケーキを焼いていることと言ってのけます。

 理想の生活はどんなきっかけからでも手にすることができるのです。