こんな展開があるなんてびっくり。
ただ目の前のことを、少しでもいい方にと進んでいけばいいのだなと。
P42
元精神科の看護師だったスーは、日向の匂いのする女性です。・・・夫とともに歴史的マーケットタウン、ヨークシャーのマッシャムに暮らしていました。子どもたちが家を出た50代の二人は老後を見据えて大きなファミリーハウスを売却。静かなリタイアメントライフを楽しもうと、寝室２つのこぢんまりしたフラットに住み替えます。
ところが、やっと落ち着いたと思った矢先、娘夫婦が育児と仕事の両立が大変と小さな子どもを連れて戻ってきます。保育園に預けられず、ベビーシッター代が高いから同居させてというのです。次いで、あろうことか息子が大学に入り直したいと親元へUターン。
子どもが18歳で家を出ることが当たり前だったのは過去の話。近年、イギリスではこのようなブーメラン現象が勃発しています。・・・
スーが運命の家を購入したのは、子どもたちの出戻りがきっかけでした。実は、彼女には40代の頃からずっと気になる家がありました。
「川の近くにあって、とても個性的なその家は約65万ポンド（約１億円）。無理だとあきらめたの」
ところが、いつまでたっても家は売れぬまま、価格は約8000万円に下がり、中だけでも見に行こうと友人と内見へ。扉を開けたところ、天井は抜け落ち、床はめくれ上がっているものの、見たこともない間取りと２階の窓から見える教会の尖塔に、住みたい思いは増すばかりだったとか。
あれから10年近くたったのに幸運にも物件は残っていました。
・・・
・・・業者を通してフランスに暮らす売り主に電話をしたところ、先方よりスーのフラットを購入してもいいと提案があり、一度は高嶺の花とあきらめていた夢の家をほとんど持ち出しなしで手にしたのです。
購入後、1680年代建築の３階建てのこの家がたどった歴史がわかりました。
1834年に新救貧法が制定され貧困者が他の町に送られるまで、この建物は貧窮院として利用されていたのです。一方、ガレージは消防署、朝食の場となる広い円天井のダイニングルームは、なんと、マッシャム刑務所であったとか。また、最上階のベッドルームも、一時期は法廷のミーティングルームとして使われていたという、まさに歴史的遺産でした。
それだけに工事は一筋縄ではいかず。最上階の細長い３つのベッドルームの壁を壊すと、天井が崩れ落ちたり、煙突からの雨水が軀体の梁を腐らせていることがわかったり。それでも憧れの家に家族で暮らす夢を選んだのです。
ところが、娘一家はリフォーム終了後、６週間だけ滞在すると、新しい家を見つけ町の反対側へ引っ越していきました。続いて息子もエジプトの大学で教鞭を執ることになったと、あっさり海外移住。一緒に暮らすためにここまで手を尽くしたのに、またも夫と二人だけの生活に逆戻り。
普通ならば子どもらに振り回されたと怒る場面でしょう。けれどスーは、働き続ける娘に代わって孫を幼稚園に送ったり、ごはんを食べさせたりと、娘家族を助けます。
・・・
愛情深い二人は美しく生きる賢明なカップルでした。スーは看護師を辞めたあとも、成人を対象に識字能力を高める授業を担当していたし、夫のアンドリューは町の広場、マーケットプレイスへと続く自宅近くの道で毎朝、孫娘と一緒にゴミ拾いをします。まるで栗拾いでも楽しむように・・・
自分たちの今後については、子どもたちが出ていった空き部屋を放置するのはもったいないと、二人はB&B（朝食付きの民宿）をスタート。
すると、まったく経験がなかったにもかかわらず、夫婦の人柄とユニークな建物に感動した宿泊客は寝室が２つだけというこの宿を絶賛し、ツイッターやフェイスブックで世界中に評判が拡散。某インターネットサイトで「人気のB＆B世界トップ１０」に選ばれたのは、宿を始めて間もなくでした。
スーが焼き上げる甘いパン。アンドリューが毎日のように近くの川で釣り上げた鮭を、時には庭で燻製にして、バターとレモンでソテーにするという魚料理。そして二人の温かさに触れた宿泊客は惜しみない讃辞を投稿します。
「子どもたちに見捨てられた寝室２つのちっぽけな宿が世界トップ１０⁉」
スーは笑いと涙が止まらなかったといいます。そして、2015年、二人の宿はなんと世界一を受賞。今では予約を取ることもままならないほどの商業的成功と名誉が、60代の二人に与えられたのです。リフォームで使い果たしたお金も宿を始めることで少しずつ取り戻しながら、子どもへの支援もバランスよくできています。
物事を悲観的に捉えず、今あるものの中から常に最良の道を選択する合理的な考えで、リタイア後の生活はよりスムーズに回転するのだと教えられました。
