オーストリア滞在記

オーストリア滞在記 (幻冬舎文庫)

 中谷美紀さんの、オーストリア暮らしを綴った日記、読んでいると気持ちが澄んでくるような感覚になりました。

 文章や言葉が美しいからでしょうか・・・?

 

P242

 快晴の午後は庭の木陰にてドイツ語の復習をしつつ、うたた寝をした。撮影中には長時間の労働と台本の読み下しにより睡眠時間が極端に削られる反動からか、ザルツブルクで過ごす夏には読書をするつもりがいつのまにか睡魔に負け、惰眠を貪るばかりだったけれど、今年はこれでも結構がんばっている方だと自分を褒めてみる、

「Life is too short.」は夫の口癖で、仕事をするために仕事をしてしまっていた私に、人生を楽しむことを教えてくれたのが、この言葉だった。ヨーロッパの人々にとって仕事に勤しむ最大の理由は人生を豊かにし、楽しむためであって、仕事のために人生が犠牲になってはならないと考える。

 休みの間に次の作品の台本を読み、必要とあらばお裁縫や料理、楽器の演奏など、役柄に合わせた訓練を受け、撮影に堪え得る体力作りと肌の管理に励むため、休みは休みでありながらも次の仕事のための準備に費やされる。

 いざ撮影が始まれば、毎朝5時や6時に起床して仕事場へ向かい、深夜の帰宅後には台本を読むという日々が繰り返される。時折与えられる休みの日にはジムにて体力作りをしながら台詞を記憶するという作業をし、マッサージや鍼灸、歯科でのクリーニングや美容室でのヘアカットなど、定期的なメンテナンスにも時間が取られるため、一年を通して完全な休みと言える日などなかった。

 しかし、ヨーロッパの人々が仕事を早めに切り上げて家族との時間を大切にしたり、「その週は旅行に出かけるから」という理由で仕事を休んだり、音信不通になったりする日常に触れ、たとえオペラやコンサートの直前であろうとも、寸暇を惜しんでロードバイクツアーに出かける夫と過ごすうちに、人生で多くのものを置き去りにしてきたことに気付かされた。

 庭仕事をしたり、散歩をしたりという何でもない日常は私が数十年間犠牲にしてきたものだった。そうした日常を取り戻しつつ、この数年はドイツ語の学習が加わり、別の意味で忙しくしているけれど、この年齢でもまだ新たなことを学ぶ余地があることが嬉しい。

 若かりし頃のように聞いた言葉をすぐに記憶することは叶わないものの、今までの経験から英語やフランス語とも関連付けて記憶することにより、全くゼロから外国語を学ぶよりは近道のような気もしている。

 テラスでの夕食は庭のサラダ菜を用いたサラダと、イスラエル風カリフラワーのまるごとロースト。香草パン粉を纏わせて表面はカリッと、中身はジューシーにしてみる。そしてメインには七面鳥のソテー。