昔話のおはなし

室井滋のオシゴト探検 - 玄人ですもの

 昔話の研究をしている小澤俊夫さんとの対談も印象に残りました。

 この小澤俊夫さん、指揮者の小澤征爾さんのお兄さんだそうです。

 

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室井 先生は日本の昔話をはじめグリム童話など世界の昔話を研究なさっていますが、日本の昔話だけでも、掘り起こすと千篇ぐらいあるとか。

 

小澤 研究を始めて61年目ですが、国内の昔話の聞きとり調査を20年くらいやりました。・・・

 

室井 たとえば北海道で見つかったお話と、たまたまそっくりの話が西のほうでも見つかるということは?

 

小澤 よくあります。・・・伝わったのでしょう。昔の人は、意外と旅をしているんですよ。それも、国をまたいで。たとえば、〝羽衣伝説〟は、日本の話だと思うでしょう?

 

室井 えっ、違うんですか?

 

小澤 ヨーロッパの人は、その話は「白鳥の湖」だと言います。白い鳥が羽を脱いで人間の女性となり、人間の男と恋をする。・・・それが中国や日本だと、衣を脱いで女の人になる。構造がまったく同じなので、起源は同じでしょう。『シンデレラ』は『灰かぶり姫』という題名でグリム童話に収められているけれど、中国では唐代の『葉限』という小説がそっくりですし、日本には『灰坊太郎』という昔話がある。

 

室井 えっ、日本は男の子なの?

 

小澤 はい。灰坊は舞踏会ではなくて、お祭りに出かけるの。

 ・・・

室井 日本の約千篇の昔話の中で、ハッピーエンドの割合はどのくらいですか?

 

小澤 圧倒的にハッピーエンドが多いですね。子どもたちは、自分を主人公に置き換えてお話を聞いている。だから途中でうんと怖いことがあっても、最後に主人公が幸せになれば万歳なの。

 

室井 最近は昔話は残酷だからという理由で、内容を書き換えることが多いとか。たとえば『三匹のこぶた』も、最後に狼が食べられるんじゃなくて、仲直りしたり……。

 

小澤 でも、狼がその後も生きていたら子どもは安心できないよ。〝狼が森に帰っていった〟という本を読んでもらった子どもが、翌日お母さんが買い物に連れて行こうとしたら、「昨日の狼がどこかにいるかもしれないからイヤだ」と言ったという話を聞きました。それが子どもの感覚。昔話の場合、主人公の命を狙うものは、最後には抹殺されなければならない。残酷といっても、昔話には血が流れる描写はありません。残酷にならないのが特徴なのです。

 

室井 驚いたのは、仲直りどころか狼はその後ある島に渡り、畑を耕してエコな生活をしましたなんて、更生するバージョンもあるとか。

 

小澤 ナンセンスです。だったら『三匹のこぶた』を取り上げずに、まったくオリジナルでそういう話を創ればいいじゃないですか。それに殺しちゃ可哀想だというけれど、僕たちはみんな、肉だって魚だって食べているわけでしょう。生きるとは、他の動植物から生命をもらうことだと知るのは、生きることへの感謝の第一歩だと思います。

 ・・・

 ・・・このままでいけば、昔話の伝承は途絶えるでしょう。でもね、昔話には長い時間をかけて紡がれてきた無数の人の知恵が詰まっていて、そこから学ぶことはたくさんある、と僕は思うの。たとえば『かちかち山』のお話。おじいさんが山の畑を耕していると、タヌキがちょっかいを出してきた。そこでおじいさんは捕まえて縛り上げて、家に持ち帰っておばあさんにタヌキ汁を作れと言う。ところがタヌキはまんまとおばあさんを騙して、逆におばあさんを殺してババ汁を作ってしまう。

 

室井 えっ、そんな話でしたっけ。

 

小澤 そう。それで後半、ウサギがかたき討ちをする。僕はこの話の前半をすごく重視しています。というのも、畑にする前、そこは未開拓の土地だった。それを人間が開拓し、文明化したわけです。だからタヌキにしてみれば、もともとは自分の領分だった。つまり、タヌキと人間のテリトリー争いなんです。・・・

 日本人が畑作を始めた頃の記憶が、物語の中に残っているのだと思います。そうやって自然と格闘しながら人間の領地を作ってきた。文字で書き残されない人間と自然との関係の歴史も、昔話に込められているのです。

 ・・・

室井 昔話のなかでずっと気になっているのは、よく継母が出てきて、悪者みたいに描かれるでしょう。

 

小澤 実は『ヘンゼルとグレーテル』も『白雪姫』も、1812年にグリム兄弟が初版を出した時には実母でした。でも、実母が子どもを捨てるなんて残酷だという批判が出た。彼らはまだ20代半ばの無名の若者だったから、批判に抗えず、第2版から継母に変えたのです。

 

室井 えっ、本当ですか!

 

小澤 僕は変えるべきではなかったと思っている。だっていつの世も、実の母が子どもを虐待する例はあるもの。昔話に描かれることで、継母とは子どもをいじめるものだというイメージが世界中に広がったために、つらい思いをした女性がどれだけ大勢いるか。罪深いと思うよ。

 

 ところで数日ブログをお休みします。

 週明けには再開します。

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