多様性を保ち、共存する

わたしの居場所

 「人間社会だけが世界じゃない」という感覚、大事だなと思いました。

 

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 神奈川県藤沢市の郊外。広々とした畑にキュウリ、ナス、ニンジンなど、さまざまな作物が植えられている。株式会社「えと菜園」が運営する体験農園だ。

 週末は野菜作りを楽しむ近隣住民らでにぎわうが、平日は10人ほどが黙々と農作業にいそしむ姿を見かける。ひきこもりの人、生活保護を受給する人、精神的な病に苦しむ人……。

「行き場のない人たちが、農業を学ぶことで自信を取り戻し、就職しようかなという気になる。そんな場所です」。えと菜園の社長、小島希世子(41)が説明する。

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「畑で自然に向き合っていると、人間社会だけが世界じゃないと分かる。小さな種をまいて、収穫したものを食べるまでを経験すれば、自分にできることがあるんだと感じられる。結果として、就職率が高くなった」。小島は語る。「不思議なんですよ、農業って」

 小沢修太(32)も、えと菜園から巣立った一人だ。

 静岡県の中学時代、「悩みとかあって」登校しなくなった。心機一転、進んだ高校でいじめに遭い、中退。工場などでアルバイトをしたが、長続きせず、20歳の頃から家に引きこもった。

 自立支援施設の門をたたいても、家に帰ると、また外へ出なくなる。「このままではいけない。常に思っていたけど、どうにもならなかった。働かないのはくずだと感じているのに、働けない」

 一昨年春、ネットで、えと菜園を見つけた。「農業だったら、自然相手で人と関わらないし、いいんじゃないか」。重い腰を上げ、車で片道2時間半かけて通い始めた。

 農園では、同じような立場の人たちと出会う。「気持ちが軽くなった。やさしい人に触れて、自分もやさしくなった」。手を掛けるほど「作物に表れる」農業の面白さも実感した。

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 小島は「いったん働けなくなると、自分は駄目だと思ってしまう人が多い。でも、ちょっとしたきっかけがあれば、一歩踏み出せる」と話す。

 えと菜園では、農薬や化学肥料を使わずに野菜を栽培している。害虫が増えすぎれば、天敵が捕食してくれる。雑草が伸びたら、短く刈って作物の根元に置くと、肥やしになる。

「虫や草を含め、畑の多様性を保つことで、生命が循環して、作物が育つ。生産量のコントロールは難しくなるが。大事なのは、折り合えるところを見つけて、共存すること」