そういうもんだよね、仕方ない、と諦めてしまいそうなこと、世の中にいっぱいありますが、こういう例を見ると、変えられるんだ!と励まされます。
そして、頭を柔軟にしなきゃなぁ・・・と、ちょっと反省しました。
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頑張って仕上げた博士論文を本にして、関心のある人に読んでもらいたい―。そんな思いを温めていた土居は昨年夏、「日本の研究者出版」というウェブサイトに目を留める。いわく「博士論文を無料で出版いたします」。
呼び掛けたのは高山善光(33)。東京のベンチャー企業でデータ分析の仕事をし、大学非常勤講師も務める文系博士だ。
論文で評価される理系と違い、文系では著書も重要。でも学術書は売れない。出版社に持ち込むと100万円以上の自己負担を求められる。ならば「売れる本」を作ろう。論文は読みやすい形に書き直してもらう。その分、高めの印税を支払う。
「文系博士は社会に居場所がない。アルバイトなどで日銭を稼ぎ、研究職を目指すケースが多い。時給千円、2千円で働き、ためたお金を出版につぎ込む状況をなくしたかった」と高山は言う。
昨年春にサイトを開設すると、問い合わせが相次ぎ、土居を含む3人の博士論文の書籍化を決める。エッセーを募り、「研究者の結婚生活」という本に仕立てて話題を呼ぶ。
「出版は手段の一つ。狙いは文系研究の知識を社会に還元し、博士の地位を向上させ、論理的思考を社会に広めること。今は個人経営の出版社を株式会社にして、出版以外の事業も展開したい」
高山の行動力の原点は高校時代にさかのぼる。ギターに夢中になり、福島県郡山市の高校を中退した。バイクを乗り回す生徒や先生と飲みに行く社会人生徒が集まる、通信制高校に編入する。
いじめはなく、多くの人が楽しそう。通学は週1,2回でいいのに毎日来る。「社会で良いとされる常識や慣習とは何なのか」と疑いを持った。
高校時代にゲーム攻略情報サイトなどで起業した兄の型破りな生き方や、兄の支援で留学した米国で目の当たりにした価値観の違いに触発され、疑念をさらに深めていく。
広島大大学院では、暗黙のうちに正しいとされている価値観がどう成立するのか追求すべく「宗教認知科学」という新分野の開拓に没頭。国際学術誌に論文を発表、国際学会でも活躍し、国立大助教に採用が決まったが、起業家の道を選んだ。
「博士の居場所が社会に少ないのは、社会的課題をビジネスで解決しようと挑む企業が少ないから。そうした企業が増えれば、博士の能力を活かす場は広がるはずだ。僕自身も挑戦を続けたい」
便利な世の中になったのに生きづらさがなくならず、頑張っても明るい未来が見えない。背景には社会の仕組みや価値観がある。「そこを変えるには、社会を構成する一人一人が論理的に考えて行動するしかない」
そのために政治や経済、教育など人間に関わる文系博士の確かな知識が求められている。「博士は社会の問題にもっと目を向け、情報を提供してほしい」。必要なインフラづくりは引き受ける覚悟だ。