常にワクワクしていたい

農業フロンティア 越境するネクストファーマーズ (文春新書 1336)

 この三浦さんの考え方や行動力、すてきだなぁと思いました。

 

P46

 茨城圏の水戸駅から北西に車で20分も進むと、田畑が広がり、緑豊かな景色になっていく。その一角に、鉄骨を使ったビニールハウスが24棟連なり、真新しいジュース工場の併設したフルーツトマト専門農場、ドロップファームがある。

 ドロップファームのとある1日を、眺める。すぐに、女性がずいぶんと多く働いていることに気づくだろう。正社員8人のうち5人と、パートスタッフ10人のうち9人が女性。・・・そのうち、子育てをしている女性が10人いる。

「農業は女性に向いていると思うんですよ。植物相手で暗くなったら仕事も終わりだから、周りに気兼ねなく、子育ても、仕事もしっかりできるじゃないですか。子育て中だと時間も不規則になりがちだけど、農業って単調な作業が多いから、(1人で6時間働くよりも)3時間集中してやってくれる人が2人いたほうが効率いいでしょう。短時間でもいいから働ける人をたくさん確保するというのがうちのスタイルなので、女性が多いんです」と三浦。

 ドロップファームは服装もメイクも自由なうえに、元アパレル店長や、将来はカフェを開きたいと製菓学校に通う女性、外国にルーツを持つ女性がいたりとバックグラウンドも多彩なせいか、地味な印象のある農業の現場が、華やいで見える。仕事はフレックスタイム制で残業はゼロ、定時に上がるのが当たり前というスーパーホワイトな職場だと口コミで広がり、地元の女性はもちろん、最近は大手企業で働いている男性からも転職希望の履歴書が届く。ちなみに、社員のなかに農業経験者はひとりしかいない。

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「うちは『誰でもできる』と言われるアイメックという農法でトマトを作っていますし、初年度から農業用のICT(情報通信技術)を導入しています。最近のテクノロジーを使えば、経験が浅くてもおいしいトマトを作ることができるし、もっとマニュアル化が進めば農園の管理をパートさんに任せることもできますよ。そういう時代なのかなと」

 ・・・妊娠するまでは農業に興味がなかったという彼女が、なぜ時代を先取りするような存在になっているのか、その歩みを振り返ろう。

 1989年、広島で生まれ育った三浦は、・・・19歳の頃、自分の天職を悟る。

「在学中にいろいろな種類の販売業のバイトをして、天職だなと思ったんですよね。自分が販売するものが、なぜかよく売れるんです。・・・お客様に褒められることも多くて、とにかく楽しかった」

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 ・・・高級水着の販売アルバイトなどもした。

「1着3万円の水着の魅力をどう伝えて、売るのか。お客様とやり取りをしながら、その戦略を考えるのが楽しいんですよね」

 この時期に、大手広告代理店で勤務していた男性と意気投合。2012年に結婚して上京し、翌年にはふたりで広告代理店ドロップを設立した。

 仕事はすぐに軌道に乗り、・・・仕事を楽しんでいたが、引っかかることがひとつあった。ふたりで経営していたから、子育てをしようと思うと、どちらかひとりに重い負荷がのしかかるのだ。

「子どもが生まれたら、今の仕事を続けるのは難しい」と考えていたふたりは、三浦が妊娠すると、子育てしながら働ける仕事に変えようと相談。・・・

 ・・・2014年7月に出産を迎えた。それから間もなくして、たまたま目にしたテレビ番組がふたりをトマトに導いた。

 その番組では、トマトの新しい栽培方法「アイメック」を紹介していた。・・・

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 ・・・最も大切な特徴はひとつ。アイメックのシステムを利用して、マニュアル通りに栽培すれば、専門的な知識や経験がなくても高機能、高糖度のトマトを作ることができるということだ。・・・

 三浦はすぐに、アイメックで作られたトマトを購入した。それまで特にトマトが好きではなかったが、一口食べた瞬間、確信した。

「甘い!おいしい!これは売れる!」

 この時、もともとトマトを苦手にしていた夫もその味を認めたため、・・・行動に移すのが早いふたりは、・・・アイメックシステムを製造販売している会社に連絡し、訪ねた。・・・帰りの車で進路は決まった。三浦の頭のなかは早くも、どういうブランドにして、どういうパッケージにして、どうやってどこで売ろうか、トマトのことで溢れていた。

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 ふたりは広告代理店の仕事を続けながら、交代で始発に乗って神奈川県にあるアイメックのトマト農家を訪ね、1年間、栽培のイロハを教えてもらった。・・・

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 同時進行で、栽培用の鉄骨ハウスを建て、アイメックのシステムを導入する手続きを始めた。当初の予想以上の費用がかかることがわかった。・・・農業未経験で、まだなにも作っていないという信用ゼロの状態で4500万円を借りるために、三浦は意外な手を打った。

「まだ融資が決まっていない段階で、『ドロップファームの美容トマト』で商標登録して、そのブランドでデザインしたパッケージも持って行ったんです。それで、融資の担当者に『ここに甘いトマトを入れて売るだけです』と訴えました。さらに、あちこちで知り合った百貨店やスーパーのバイヤーの名刺を持って行って、ここに売りますと宣言しました」

 この前のめりな姿勢が評価されたのだろう。無事に融資を取り付け・・・トマトの栽培に着手した。

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 結論から言えば、いきなりずっこけた。・・・最初の数ヵ月は、想定の半分のサイズのトマトしかならなかった。その分・・・イチゴと同じぐらいの甘さになったのだが、とにかく、小さすぎた。・・・

 トマトを作り始めて半年後、「これはダメだ」とアイメックの経験者を採用。そのスタッフはすぐに、小さすぎるトマトの原因に気が付いた。

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 三浦は・・・作った一部のトマトを持ち、営業に走った。・・・

 対面販売は、三浦が最も得意とするフィールドだ。・・・一般的なトマトよりも5割ほど値段の高い自社のトマトをどこの店でも売りまくった。ただ売るだけでなく、お客さんの心もつかんだ。・・・農場にスーパーの関係者を招待したりして、こだわりを伝えた。・・・

 三浦は営業、販売と同時進行で、農場のスタッフも少しずつ増やしていった。特に子育て中の女性を積極的に採用し、働きやすい職場を作った。・・・

「働きたい女性にとって、妊娠、出産は大きな壁で、仕事に復帰しても周りの目が気になるものです。でも、農業なら子育てと仕事の両立がりやすいんですよ。・・・もし何か急用が入ってトマトのお世話が1日遅れても、大事にはなりませんから(笑)。・・・それぞれの事情があって1日3時間しか来ない人もいるし、月に3日しか来ない人もいる。それでうまくまわっているし、なんの問題もありません」

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 生産に関しては精度の高いマニュアルとICT機器が貢献したが、営業と販売に関しては、三浦個人の能力に依るところが大きい。・・・「営業のポイントを教えてください」と頼んだら、「いいですよ」とあっさりと答えてくれた。

 大きなポイントは3つ。まずは、売り込み先のキーパーソンを見定める。その人物と話をしながら、自分が感じる店の売り場の印象とバイヤー目線の売り場のミスマッチを見つけ、そのミスマッチを埋める提案をする。・・・

 ・・・ミスマッチや相手のニーズを探るためにヒアリングを徹底することが大切だ。

 2つ目は、正面にいる相手に最終決定権がない場合、その上に立つ人を意識すること。・・・

 ・・・3つ目は短大生の時からさまざまなモノを売り、常に成果を出してきた三浦独自の手法だ。

「カメレオンになりきるっていうことが一番大きくて。とにかく相手のテンションに合わせるんです。テンションが低い人が来たら、自分も低くする。ある意味、自分を持ってないんですよ、私。どれが自分かよく分からないくらいで(笑)」

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 ドロップファームでは・・・トマトジュースを作っており、・・・この工場も、三浦らしい仕様になっている。

「トマトジュース専門の工場なんですけど、ほかの会社から委託も受けられるようにしました。うちの強みであるラベルや売り方の提案をしたり、販売先を見つけてあげるとか、コンサル的な役割も含めて提供しようと考えています」

 この話を聞いて、僕は思わず聞き直した。

「他社のトマトジュースって、ある意味、ライバルですよね?」

「むしろ一緒にやろうよって。他の農家さんと一緒にできるビジネスがあると、可能性も拡がるじゃないですか。それに、自社のジュースもそうですけど、他社のジュースをどうやって売ろうかって考えるのが楽しいんですよね」

 ・・・三浦は「常にワクワクしてたいっていうのが大きくて」と涼しげに笑う。

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 三浦の話を聞いていると、「トマトのニーズがあるから事業を拡大する」のではなく、「いろいろな売り方を考えて試すのが楽しいから、事業を拡大する」という感覚に近いように感じる。

「事業戦略もあると思いますが、どちらかといえばワクワクを重視しているんですね」と言うと、三浦は「そうですね!」と頷いた。

「正直に言って、おいしいトマトって全国にザラにあるので、勝負所はそこじゃないと思っていて。大切なのは、トマトを作って売る私たちがいかにキラキラしているかだと思うんですよね。だから、もっと面白いことをやっていきたいです」