平松洋子さんの美味しそうなエッセイ集、楽しく読みました。その中に、水木しげるさんと赤瀬川原平さんのこんなお話があって、書きとめておきたくなりました。
P210
水木しげるは食べることと寝ることが大好きだった。・・・一度ブームが起こると執着し、なかなか終わらなかったらしい。五年間毎朝ステーキを食べ、ガリガリ君は一日に何本も。食べ出したら、泉屋のクッキー、バナナ、冷麺、おはぎ、もう止まらず、「好きなことだけやって楽をしろ」を実践していた。
生前、こんな七か条を掲げている。
「幸福の七か条」
【第一条】成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない
【第二条】しないではいられないことをし続けなさい
【第三条】他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追求すべし
【第四条】好きの力を信じる
【第五条】才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ
【第六条】怠け者になりなさい
【第七条】目に見えない世界を信じる
P228
赤瀬川原平さんは、三十数年にわたって、「偶然」と「夢」を日記に記録していた。
一九七七~二〇一〇年、赤瀬川さんが書きつけていた【偶】と《夢》についての記述集『世の中は偶然に満ちている』(筑摩書房)を読んでいると、なるほど世界は偶然の集合体に思えてくる。電車に乗ったら座席の隣に知人が座っていたり、蝉について書いていたら窓から蝉が飛来したり、チューリップがゆっくり花の向きを変えている瞬間を目撃したり。取るに足らない出来事だと思えばそれまでだが、しかし、赤瀬川さんはこう書く。
「それは発信する側よりも受信する側の問題で、ある偶然をこちらがメッセージとして受け取ったときに、その偶然はあちらからのメッセージとなる」
・・・偶然という形を借りて、ものやひと、あるいは未知の世界がチカチカ、ピカピカと信号の光を送っているのだと思うと、小さな偶然からも目が逸らせなくなってくるのだった。