むすひ

パワースポットはここですね

 むすこやむすめの語源、知らなかったです。

 

P146

「『縁結び』とは、ナラティブのひとつだと思うんです」

 酒井嚴貴さんが続けた。・・・

 例えば、講社員のひとりが、出雲大社に参拝した。出雲から帰って友人にこう言ったらしい。

「初めて出雲大社に行ってきたのよ。まあ、いいご縁があればと思って」

 するとその友人の母親が「えっ、そんなに結婚したかったの?」と驚き、彼女の知人がひとりの男性を紹介してくれた。お見合いをしてみると「あ、なんかもしかしたらご縁があるかもしれない、みたいな感じになって」、家族の話をしているうちに、彼の母親の親友が実は彼女の親戚だということに気がついた。さらに彼女の下宿先の大家さんと彼の母親が高校時代の先輩後輩だったことが判明。彼女は「ご縁のある人たちがこうやって、連れてきてくれたんだなーっていうのを、すごく感じました」とのことで、彼との結婚を決めたそうなのである。「ご縁」という言葉の使い方が、縁をたぐり寄せたのだ。

「話していれば、何かしら共通点ってあると思うんです。そこに『縁結び』というナラティブが入ることで、すべてがつながって感じられるようになる。そうなると一種の躍動感、スペシャル感を覚える。人生に意味や価値が付与されるんですね」

 要するに、物は言いようなのだ。・・・

 そういえば、酒井さんと私の出会いも不思議な縁で結ばれている。実はパワースポットを調べている時に、妻がネットのタウン情報で酒井さんを見つけた。たまたま彼は出雲大社の関係者でもあり、こうして縁結びの歴史について教えられ、江戸時代の御師たちの日記を調べてみると、彼らは御札とともに「はら薬」も配っていたことがわかり、どこから調達していたのかと探ってみると、ある古文書に「越中国滑川住人高田清次郎と申者」・・・と記されていた。越中滑川とは現富山県滑川市のことで、妻の実家がある所。彼女の親族には売薬業者がおり、高田さんのお宅も近所らしい。偶然といえば偶然なのだが、あまりの符号に思わず私は妻に「あなたが縁結びを広めたのか」・・・と問い質したくらいなのである。

「縁結びの根源には『むすひ』という考え方があるんです」

 酒井さんが静かに語る。

―結び、ではなく?

「むすひ、です。『むす』とは『苔がむす』と同じで、『生す』。つまり生まれるということです。そして『ひ』とは『陽』であり、『火』でもある」

―着火みたいなものですか?

「そうなんです」

 彼はそう言って、お祓いのための火打ち石を持ってきた。

「石と石が当たって、新しいエネルギーが生まれる。陰と陽、男と女。交わることで生まれるわけです」

「むすこ(息子)」や「むすめ(娘)」の「むす」も同じ語源。いずれも「むすひ」によって生まれた子供を意味している。つまり血縁をつなぐ「チカラ」とは「むすひ」のことだったのだ。

「『むすひ』は神の働き。私たちはそれをありがたく頂戴する。・・・偶然に見える出会いも引き合わせてもらったもの。そう考えるとしっくりする。何千年も前からの日本文化。まさに『神ながら』なんですよ」

 ・・・

「おむすびも『むすひ』なんです」

 ・・・

「握る時にエネルギーを込めるじゃないですか。それにおむすびは三角形。先が尖っていますよね。神様は尖ったところに降りてくるんです。門松もそうだし、盛り塩もそう。昔から円錐状の山は御神体とされます」