患者の話は医師にどう聞こえるのか

患者の話は医師にどう聞こえるのか――診察室のすれちがいを科学する

 何をきっかけにこの本を知ったのか忘れてしまいましたが、気づけて、読んでよかったです。とても参考になりました。

 

P28

 コミュニケーションは、受診にいたったおもな理由を患者が述べるところから始まる。しかし、・・・このおもな困りごとや主訴の話はすぐに中断させられてしまうことが多い。・・・最初の三〇秒のあいだに医師側が「方向転換」させてしまうことが多い。私自身も例にもれず同罪だ。もし患者にとってもっとも大切なことに私が注目しなければ、話は際限なくあちこちに広がり、診察を終えられなくなるだろう。意図的に医師が無礼を働いているとは思わないが、与えられた時間はいつも短すぎ、そのあいだに臨床的な問題をすべて把握しなければならない。・・・

 もし医師が一言も発しないとしたら、患者は実際にどのくらいの時間、話しつづけるのだろうか?同僚医師数人にアンケートをしてみた。二分と答える人、五分から一〇分という人、そしてわずかながら「診察時間中ずっと!」と言う人もいた。ある医師は、思いやり深く親切な人なのだが、「患者を遮らずに話をさせるべきだと専門家は言うけれど、・・・そんなことをしたら真夜中までかかってしまう!」と私にこぼした。

 スイスの研究グループがこの問いに答えようとした。・・・三三五人の患者の診察が分析された。医師は・・・患者が話を完全にやめるか、発言を求められるまで一言もしゃべらずにいるよう求められた。

 患者の独白の長さの平均は九二秒だった。これだけである。・・・だが、相手はスイス人だ。・・・おそらく饒舌で自慢話が尽きないアメリカ人遺伝子がスイス人患者には欠けているのだろう。私は自分自身で確かめてみることにした。

 スイスの研究を読んだまさにその翌日に、・・・来た患者全員に「今日はなにでお困りですか?」と質問したあとこっそりストップウォッチを押した。最初の患者は三七秒、二人目は三二秒だった。・・・三人目の患者は・・・二分だった。

 しかし、ここでとんでもない伏兵が現れた。ジョセフィナ・ガルザ。・・・ガルザは絶え間ない痛みをからだのあちこちにかかえており、・・・診察ではいつも苦しいと訴え、大量の処置や処方で診察が時間オーバーになるのがあたりまえだった。

 ・・・中断せずに話をさせたなら、・・・彼女の母親の病気から話が始まり、・・・オペラの気の抜けた『トゥーランドット』公演に対する遠慮ない批評も加わるだろう。・・・

 しかし、私は今日は一切中断させることなく患者に話をさせると肝に銘じていた。・・・

 大きくため息をついたあと、戦いの前に気を引き締め、ガルザを診察室に呼び入れた。「今日はどうされましたか?」・・・

 彼女は私のよりもさらに深いため息をついた。「ちょっとしたことでもなにをしても痛むの」・・・彼女があれこれ訴えつづけているあいだ、私はストップウォッチを見ないようにと自分に言い聞かせた。・・・頭皮が敏感でちょっとしたことで痛い。・・・母親が不眠で一晩中、愚痴を聞かされる。

 彼女の話が止まるたびに、私は「他には?」と尋ねるようにした。他の訴えは必ず出てきた。

「まだ四五歳なのに・・・八五歳になった気分。ちょっと歩くだけで痛いし、・・・」

 二言三言メモしつつ、彼女が話しているあいだじゅうずっと目を合わせるようにした。・・・「このさい全部吐き出してしまいましょう」・・・

 さらに話を続けさせ、もっと他にも話すよう促した。・・・ふっと訪れた沈黙のあと、私はストップウォッチに手を伸ばして止めた。・・・八分から一〇分はかかったと予想していたが、実際は四分七秒だった。・・・「へー!」と言いたくなるのをこらえた。

 ・・・

 診察の最後に・・・彼女はこんなことを言い出した。私にとっては本で読んだことはあるが、実際に患者の口から聞くのははじめてだった―「単に全部話しただけなんだけど、気分が晴れました」。

 私は飛び上がってアリアを歌いたい気分になった・・・