患者さんの思いを起点に

日本の医療の不都合な真実 コロナ禍で見えた「世界最高レベルの医療」の裏側 (幻冬舎新書)

「うらやましい孤独死」の著者の、この本も読んでみました。

 今回も考えさせられることが多かったです。

 

P162

 一般的な医療の世界では、いわゆる「標準的(理想的)な術式、投薬法」など、ガイドライン的な「正解」があります。・・・

 しかし、終末期医療の世界には「これが正解」と言える一定の道筋があるようで、実はあまりありません。たとえば、超高齢で「老衰」としか言えないような状態のとき、また認知症の末期で寝たきり、というようなときです。病院の医師が得意とする「治療」で解決できる問題ではすでになくなっていて、いわゆる「延命処置」しかできることがない。

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 治療の専門家である多くの医師にとって、こういう問題は得意でないのかもしれません。医師も迷いの中にいるのかもしれない、ということがよく表れている、会田薫子氏による研究データがあります。

認知症が進行して食べられなくなった患者さん(現在は点滴で栄養補給中だが、点滴だけでは十分な栄養はとれない)にどの治療法を勧めますか?」という問いに対して、789人の医師から回答を得ています。・・・

「点滴」が一番多く51%、「胃ろう」は意外に少なくて21%、「何もしない」医師も10%います。ただ、一番多い「点滴」にしても、点滴だけでしっかり栄養がとれるとは言えないので、「これがベスト!」というより、「何もしないよりはいまの点滴を続けたほうがいいかな」といった考えだと思います。

 ちなみに、ここで回答されている医師は全員「日本老年医学会」会員なので、終末期医療に対しては強い思いのある先生方だと思います。その人たちの間でもこれだけ意見が分かれるということです。

 もう一つ「あなた自身が患者さんだったらどうしますか?」という質問もあります。自分自身の話になると、「何もしない」が一気に増えて27%、また「死んでもいいから口から食べたい」が19%となります。最初の質問への回答とまったく違う傾向です。正解のない終末期医療の世界で、医師も戸惑っていることの表れかもしれません。

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「胃ろう」自体が悪いわけではありません。最近は胃ろうの悪いイメージが先行してしまっている風潮もありますが、胃ろうはただの便利な道具なのです。・・・人生の終末に近づいた方々の生活を支えるために、人生に上手に寄り添うために、その道具をどう使うのか。それは患者本人をはじめ、我々医療者および、ご家族全員で悩みながら決めていく課題なのです。

 終末期には、いろいろな選択肢があります。具体的には、胃ろう/経鼻経管栄養(鼻から胃まで管を通す)/普通の点滴/中心静脈栄養(特別な太い点滴)/何もしない、もしくは死んでもいいから口から食べる、などです。

 ただ、おそらくどの選択肢にもいい面、悪い面が混在しており、これで完璧という選択肢はないと思ったほうがいいでしょう。

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 ・・・ご本人の思いを起点にすれば、「正解」は見えなくても「道筋」は見えるかもしれません。

 もちろん、認知症が進んできてご本人が思いを話せない場合もあります。しかし重度の認知症の人でも、時間帯によっては頭がはっきりすることもあります。・・・

 もし認知症がさらに進んで、思いがまったく聞けない状況になった場合は、家族は時間をさかのぼり、・・・「かつて」の姿を思い出してください。・・・元気だったとき、「延命治療」や「胃ろう」についてどう思っておられたのか。・・・

 私の患者さんで、真摯に耳を傾ける努力をしたところ「ハラの胃ろうのパイプをひっこぬいてください」と筆談で訴えた方もいらっしゃいました。「ええ?あの患者さん、意識がはっきりしているんだ!」と驚いたスタッフもいたほどです。