馬が合う、虫が好かない

大人の友情 (朝日文庫 か 23-8)

 こちらの本、近くの図書館には大活字本があったので、そちらを読みました。

(なので、上の↑文庫版とはページ数がズレてます)

 先日の群ようこさんの本にあった「虫」の話、こちらにも・・・

 

P20

 日本には昔から、人間関係を表現するのに、「馬が合う」、「虫が好かぬ」という面白い言い方がある。・・・これらの表現の注目すべきところは、主語は「馬」、「虫」と人間ではないものになっているところである。自分が好きになろうといくら努力しても「虫」が好かないのだから、どうしようもない、という感じや、別に努力しているわけでもないが「馬」が合うのだから、うまくゆくのだ、という感じがよく出ている。

 ・・・

 カウンセリングの場面で、「虫が好かない」話を聞くことは多い。新入社員があまりにもイケ好かないので、「腹の虫がおさまらず」、会社をやめようかと思うという相談で、仕事のよくできる女性の中堅社員が来談した。・・・「彼女は職場にほんとうに仕事をする気で来ていないと思う」というのにはじまって、服装からアクセサリーから、歩き方から、ことごとく嫌だ、というのである。

 こんなときに、一番大切なことは、その話に耳を傾けて聴くことである。こちらが熱心に聴いていると、話をする方にも熱が入ってあれこれと話すのだが、そうすると話し手の方が、話しながら新しい事実に気がつくのである。あるいは、話の内容が自然に変ってくることもある。

 ・・・この人は、自分は「仕事をする人は善」、「遊ぶのは悪」などとあまりにも決めつけて生きてきたのだが、やっぱり人生にはどちらも大切で、新入社員の若い子は、その辺を上手にバランスよくやっているのではないだろうか、ということを言いはじめた。

 人間の生き方は、何らかの意味でどこか一面的なところがある。そのとき、自分が無視してきた半面を生きてきた人を見ると、「虫が好かぬ」と思うときがあるようだ。ここに、わざわざ「ときがあるようだ」などという表現をしているのは、いつもそうだとは限らないからである。

 ・・・人間の意識はそれほどしっかりとした主体性をもっているだろうか、と二十世紀になってから、フロイトユングなどの深層心理学者たちが言いはじめ、今日では、一般にもよく知られているように、「無意識」の重要性が論じられるようになった。人間の意識は思いのほかに無意識によって影響されている、とこれらの人は主張する。

 日本語の表現の「虫が好かぬ」、「虫の知らせ」、「腹の虫がおさまらぬ」などという、「虫」を「無意識」のことと思うと面白いのではないだろうか。「虫が好かぬ」ときは、「俺の無意識はどうなっているのかな」などと思うと、新しい発見があったり、「虫の好かぬ」相手のいいところが見えてきて、友人になったりする。「虫」の分析を通じて己を知るのである。