なにもかもが同時進行

食べることも愛することも、耕すことから始まる ---脱ニューヨーカーのとんでもなく汚くて、ありえないほど美味しい生活

 後悔する暇もない、手に負えないほど充実した人生・・・ここに引用した部分はまだ手に負える日の様子で、動物たちにイレギュラーなトラブルがあった上に悪天候が絡んだりする日は、睡眠時間以外フル稼働・・・生命エネルギーに圧倒されました。

 

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 頭で考えたようにはいかないさ、とマークにはよくいわれた。完璧を期待しても無理だし、逆に恐れるほどのこともない、と。知り合いの男性が近くに肥沃な広い土地と別荘を手に入れ、夕食をともにしたときに、こういったことがあった―「引退したら単純素朴に農業でもやりたいね。願わくは……平和で静かな生活だよ」。それをいうなら農業ではなくて庭いじりでしょう、とわたしは胸の内でつぶやいた。それも、うんと小さな庭でなきゃだめ。わたしの経験からすると、農業に「単純素朴」だの「平和で静か」だのはありえない。金儲けにもならなければ、安定もしないし、安心安全でも、気楽でもない。作業によっては泣きたくなることがあるくらいだ。それでも、目を覚ますたびにこう思うことのほうが多い。この暮らしに出会えて―というより、ついうっかり飛びこむはめになって―よかった、同じような思いの人と結婚できてよかった、と。

 娘のジェーンは子ども時代をどう思うことになるのだろう、とふと考えることがある。ふつうでないことはわかっている。少なくとも、いまのここでの暮らしは、ふつうではない。たとえば二歳の誕生日には、ウサギをつぶした。ジェーンは樽のうえに立ち、わたしのナイフさばきを目で追っていた。皮をはいで内臓をとりだすと、興味津々、人差し指で腎臓をつついている。・・・だれかと知り合って、相手が農場育ちとわかると、どんなふうに育てられたか、わたしはしつこく聞かずにいられなかった。答えは二手に分かれ、輝くばかりの理想的な子ども時代だったか、とにかくたいへんでつまらなかったかのどちらかで、あいだがない。・・・わたしはこの農場と、ここでの暮らしが気に入っている。お金がなくても、精神的に豊かでいられるところが好きでたまらない。・・・

 後悔はあったにしても、している暇がない。冬のある寒い土曜の朝、友人のミーガンを朝食に招いたことがある。彼女の誕生日だったので、なにかお祝いがしたかったのだ。・・・階下へおりると、・・・足もとに生まれたばかりの子牛がへたりこんでいる。・・・

 ・・・息があるかぎり望みはある。濃くて暖かいジューンの初乳を飲むことができさえすればよいのだ。それにはまず体を温め、飲む力をつけてやらねばならない。・・・ダウンジャケットとベッドカバーでくるんで休ませてやり、マークが外へ朝の日課をすませに行っているあいだに、朝食を作った。・・・

 ジェーンがぐずりだしたので、ベビーシートにすわらせ、ひっくりかえらないようキッチンカウンターに固定して、すぐ上のラックに玉杓子をひっかけて揺らすと、奇声を発して大喜びだった。卵を二ダース割ってフライパンを火にかけた。コーヒーメーカーは壊れていたが、コーヒーなしは考えられなかったので、お湯を沸かし、挽いた粉をそのままカウボーイ式にぶちこんだ。ミーガンが到着し、マークとサムとマットが仕事を終えてもどり、あとから牧羊犬ジェットもガールフレンドのレディといっしょに入ってきて、子牛を舐めはじめた。子牛は少し生きかえったかに見える。・・・

 ・・・

 うんと省略して作った誕生日祝いの朝食―パンチェッタ入りスクランブルエッグとトースト―をテーブルにどんとおき、コーヒーは多少粉がじゃりじゃりするのを気にせず特大のマグにたっぷり注いだ。・・・なにもかもが同時進行、いっしょくたのわたしの人生は充実している―そう思った。楽しく、豊かで、あふれんばかりの、手に負えないほどの人生。イーストヴィレッジのアパートで家庭が欲しいと切に願ったときに、だれがこんな光景を想像しただろう。もし一部でも垣間見えていたなら、尻込みしていたにちがいない。未来を覆う「時のベール」に、それだけでも感謝しなければ。