実話芸人

実話芸人 (幻冬舎文庫)

 ネタを考える才能がないなら、体験ノンフィクション漫談を、ということで、ネタになりそうなことに体を張って突撃する、コラアゲンはいごうまんさん。

 面白かったです(笑)

 こちらはネタ作りのためじゃなかったのに、こんな展開になってしまったというお話です。

 

P139

 ・・・東日本大震災の1カ月後、・・・僕はボランティアとして復興支援に参加するために、ワハハ本舗の後輩芸人・チェリー吉武と一緒に、宮城県石巻にいました。

 ・・・

 ・・・訪れた石巻で僕たちを待っていたのは、「泥出し」という作業でした。・・・

 ・・・泥出しが、体力的にキツイのは、来る前から覚悟していました。でも、実際作業をしてみると、体力はもちろんですが、それ以上に、心が痛む作業なんです。

 土足のまま部屋に上がり、積もった泥を、スコップで掻き出していきます。すると、かつての生活が偲ばれる、様々な品が出てきます。

 ・・・

 そんな状況で……脳ミソが筋肉でできているチェリー吉武君。

 中身のテープが飛び出してデロンデロンになっている泥だらけのカセットテープを、佐々木さんの奥さんの前に差し出しました。

「これ、どうします?」

 処分する時は確認しなくてはいけないと、彼なりに理解はしているようで、悪気はないんです。でも、もうこのカセットテープが使い物にならないのは、誰の目にも明らかなのに、しつこく聞くんです。

「このカセットテープ、洗ってもう一回聞きます?」

 たったこの一言で、佐々木さんは、チェリー吉武をアホやと見抜きました。こんな悲惨な状況の中で、吹き出して笑いだしたんです。

 ・・・

 吉武君、何度も確認を取った後、やっとテープをゴミの集積所に持っていこうとしたのですが、ふと立ち止まりました。

「でも、これ香西かおりですよ」

 ・・・佐々木さんは大爆笑していました。

 ・・・

 その時、ふと気づいたのです。泥出しのボランティアは、大事な仕事だし、喜んでもらえた。でも、芸人の僕らにしかできないことがあるんじゃないか―。

 僕らは翌日、お笑いライブを届けようと、アポなしで近くの避難所を訪れることにしました。

 しかし震災からまだ一カ月。訪ねるところ、訪ねるところ、門前払いなんです。

 ・・・

 断られ続けたあげく、・・・辿り着いた避難所が、石巻から車で20分ほどの距離にある小学校の体育館でした。

 ・・・

 ・・・蓋を開けると、皆さん朗らかに受け入れてくれたのです。

「んだ~、そういえば、しばらく笑ってなかったなや~」

「笑わせて、笑わせてぇ~」

 こんな無名芸人の芸でも、役に立てる。芸人ってこんな時のためにある仕事なんじゃないかって、しみじみ思いました。

 感謝の気持ちを少しでも皆さんに返そうと一生懸命喋りました。

 ・・・

 持ち時間5分ずつ、客層を見ながら、家族の場合は下ネタを封印しつつ、場所を移動しながらネタを披露して回りました。・・・

 あるおばさんの前で、自虐ネタを披露した時のこと。

 ・・・

 普段はここで笑いが起こるはずなんですが・・・おばさん、目から大粒の涙をポロリとこぼしながら言いました。

「可哀想……」

 家を失った被災者の方から同情される僕って……。

「いやいや、可哀想なのはおばさんの方ですやん!」

「いいえ、あなたの方が可哀想」

「避難生活を余儀なくされている、おばさんの方が可哀想ですよ!」

「だって、売れてない芸人さんは、すごいところに住んでいるって……」

 たしかに僕が住んでいるのは、阿佐ヶ谷のボロアパートです。

 ・・・

 芸人になって25年。ガスのあるアパートには住んだことがないので、ガスのない生活を不便だと思ったことがありませんでした。・・・

 ガスのないボロアパートに、個人用トイレがあるはずがない。もよおした時は共同トイレに駆け込むわけです。

 この、ガスもない、個人用トイレもないボロアパートですが、ありがたいことに、電気だけは通っています。・・・

 ただ、電気代滞納3カ月。電力供給を断たれたことは、何度もあります。

「それって―ライフライン止まっでるでねぇの」

「それは、おばさんも一緒やないですか!」

「何を言っでるの?私たちライフラインが止まってまだ一カ月だけど、あんた、25年間止まったままじゃないの。やっぱりあんたの方が、可哀想」

 そう言って、おばさんは自分に支給された救援物資の菓子パンやおにぎりを、僕の手に握らせると、周りの被災者に、こう呼びかけたのです。

「この人、25年間、被災しているような生活を送っでる人なの。それなのに、私たちを笑わそうとノーギャラで頑張ってくれでるの。何でもいいがら、この方に……」

 ・・・

 あっという間に支援の輪が広がりました。

 それからは、僕が5分喋ると何かをくれるシステムができ上がりまして……。・・・

 わしゃ、弱者の上前をはねる山賊か!