宇宙飛行士であること

宇宙に行くことは地球を知ること 「宇宙新時代」を生きる (光文社新書)

 野口さんが宇宙飛行士を続ける動機が語られていて、興味深かったです。

 

P136

野口 日本では宇宙飛行の経験が国民の皆さんにポジティブにとらえてもらえて、モチベーション維持にも繋がりますが、宇宙飛行士の数が多く転職社会の米国では事情が異なります。飛んだか飛んでないか、つまりゼロか1かの差は大きいけれど、2回、3回と跳ぶことがキャリアにとってそれほど大きな差にはならないのです。1回宇宙飛行をして、さらに船長を務めたら転職するのが、NASA宇宙飛行士のキャリアパスの王道ともいえます。

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 率直な言い方をすれば、アポロ計画時代の偉大なブランドイメージはもはや過去のもので、今のNASAは名前通り〝航空宇宙局〟、つまり空と宇宙を管理する官公庁の一つなんです。NASAで培ったリソースや技術力がそのまま民間に移行しています。

 僕自身もISS長期滞在を経験したら、宇宙飛行士としてのキャリアは完成すると考え、2度目の飛行前は明確に宇宙飛行士を辞めるつもりでした。宇宙飛行士の仕事が決して嫌なわけではなく、この仕事を選んだ目標は十分達成されるわけだから、新しいことに挑戦する時期かなと考えていた。宇宙飛行で同じことを2回繰り返すつもりはありません。1回1回挑戦しがいのあるテーマを探す。それぞれに違う動機づけで臨んでいます。

 

矢野 そうだったんですか……。別の仕事でも十分に成功なさっていたとは思いますが、野口さんが飛び続けることに決めた理由はなんですか?

 

野口 次の世代に繋がる仕事がしたいと思ったからです。スペースシャトルは学生の頃から見ていた憧れの乗り物だった。その意味では夢の実現。ソユーズ宇宙船の宇宙飛行では、自分が生まれる前から脈々と続くロシアの宇宙飛行の歴史を理解できました。

 一方、民間宇宙船は「僕たちの世代」が作る宇宙船です。「我々が作るとしたらこうなる」という作りになっていて、とても面白い。民間宇宙飛行の扉を一般人に開き、時代を大きく変えうる宇宙飛行に参加することが魅力的に思えたのです。

 僕は人生の目的として、挑戦することに意味があると思っているけれども、今の子どもたちには通じないかもしれません。たとえば今、子どもたちに人気があるのはユーチューバーとかプロ・ゲーマーですよね。成功像がはっきりイメージできて、早く有名になれて収入が確保される仕事が理想のようです。

 宇宙飛行士の仕事は、その対極にある。「そんなに長い年月苦労して、命を落とす危険もあるのに収入が公務員並みで、何のためにやっているんですか」という素朴な疑問があるんじゃないでしょうか。僕は「やりたいことをやっているから」と答えてますけど(笑)。ロケットに揺られて大気圏を超えるリアルな体験は、バーチャルなものとはまったく違う意味があって、想像を超えるすごい世界なんだということを、しっかり伝えたいと思っています。

 宇宙飛行士の仕事って、5~10年に一度のハレ舞台のために、訓練をひたすら繰り返す地道な日々の積み重ねです。また、宇宙飛行に参加できるかどうかについても、自分の力ではどうしようもない理不尽な理由で決定されたり、ようやく飛行に任命されても打ち上げ時期が延期されたりすることが多々あります。

 世界中から若く、優秀な宇宙飛行士が集い、協力しながらも能力を競う現場は決して甘くはなく、現実を突きつけられる日々です。しかしそうした葛藤や地味な訓練生活が、どんな困難や不測の事態にも揺らぐことがないタフな精神と肉体を生む。地道な日々が宇宙飛行士生活のすべてを支えているといえるんですよね。