価値理解と共感

武器としての交渉思考 (星海社 e-SHINSHO)

 こんな働きかけは思いつかないわ・・・と、びっくりしつつ、なるほどーと思いました。

 

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 相手がどれほど非合理であっても、大切なのは、その交渉によってどれだけ大きな実りのある合意を結べるかです。

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 私の分類では、・・・非合理的な主張をする人には、大きく分けて6タイプいます。

①「価値理解と共感」を求める人

②「ラポール」を重視する人

③「自律的決定」にこだわる人

④「重要感」を重んじる人

⑤「ランク主義者」の人

⑥「動物的な反応」をする人

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 これから順番に解説していきたいと思います。

①「価値理解と共感」を求める人

 自分だけの独自の価値観、あるいは個人的な信念を並外れて持っていて、利害関係よりも重視するタイプの人がいます。

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 しかし、交渉者が相手のその価値観にまったく共感できないときに、大きな問題となります。

 そのような人物について、ハーバード大学のある教授が、以下に述べる「アンデスの職人」の例で説明しています。その教授の体験にもとづいた実話であり、こういったタイプの人間に対してどう交渉すればいいか、示唆に富んでいます。

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 練習問題

 アンデスを旅行したときに、教授は旅先のお店で複雑な木の工芸品を見つけて、とても気に入りました。

 そこで、その工芸品をつくった気難しそうな職人に「これを売ってくれ」と頼みましたが、職人は「これはまだ未完成なので売ることはできない」と言って売ってくれません。

 そこで教授は「では3日後にまた来るので、それまでに完成させておいてほしい」と頼み、ふたたび3日後に職人のもとを訪れました。

 見ると、工芸品には前にもまして素晴らしい細工が施されています。

 ところが職人は「残念ながら、この作品はまだ完成していない。ここで渡してしまったら、私の作品と認めることはできない。あと1週間もあれば完成するので、1週間後にまた取りに来てほしい」と言って聞きません。

 帰りの飛行機は明日です。とても1週間後に取りにいくことはできません。

 また、繊細な加工が施された品を、高い山の上にある職人の仕事場から送ってもらうこともできそうにありません。

 そこで教授は「あること」を伝えることで、職人から無事にその工芸品を売ってもらうことができました。

 教授はなんと言ったのでしょうか?

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 答えを言うと、その教授はこう言ったそうです。

「私は各国でよくお土産に工芸品を買うが、あなたのようなことを言う職人に出会ったのは初めてだ。私はあなたの職人魂に、とても感動した。

 その感動をいつまでも覚えておきたい。

 そのためにはどうすればいいか考えてみたら、ひとつの答えが出た。

 ぜひ、この〝未完成の作品〟を持ち帰らせてほしい。私の家に遊びに来た人間は、この未完成の作品を見て、きっと『素晴らしい出来栄えですね』と褒め称えるだろう。

 そこで私は、あなたの思い出と職人魂について語りたいと思う。

 そして、『アンデスにはこの作品でも未完成とするぐらい、自分の仕事にプライドを持った職人がいる』といういことを、私の友人や、私の子供に語り続けたいと思う。

 そのためには、完成品ではなく、この未完成の作品を持ち帰らなくてはならない―」

 いや、これは本当に素晴らしい答えだと思います。

 教授のこのセリフに職人は心を動かされて、「そこまで言うのならば仕方がない」と、その未完成の品を売ってくれることになったそうです。

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 この実話は、合理的ではない相手と交渉するときには相手の価値観に合わせなければならない、ということを教えてくれます。

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 交渉は「話を聞く」ことが大切であると合理的な交渉のところでも述べましたが、相手の大切にしている価値観がどういったものであるかを把握するために、まずは相手に話をさせましょう。

 それをじっくり聞きながら、ポイントだと思うところで質問をして、相手の価値観を探っていくのです。

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 とにかく、自分のことではなく「相手を分析する」ことが、合理的・非合理的な交渉を問わず、きわめて重要です。