目の前の一歩に全力で

弱さをさらけだす勇気

 いろんなアスリートのお話が紹介されていて、とても興味深かったです。

 この成田緑夢(ぐりむ)選手の話、こんな風に考えられるってすごいなと驚きました。

 

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 平昌パラリンピックの男子スノーボードクロス(下肢障がい)で銅、男子バンクドスラローム(下肢障がい)で金と、2つのメダルを獲得した成田緑夢選手は、夢や目標について独特のとらえ方をしています。

 緑夢さんは幼いころから父・隆史さんの指導でスノーボードに取り組み、高校時代からは、トランポリンとスキーハーフパイプで夏冬両方のオリンピックに出場する夢を抱くようになりました。トランポリンでは2012年ロンドンオリンピック代表の最終選考まで残り、フリースタイルスキーハーフパイプでは2013年の世界ジュニア選手権で優勝して、「翌年もいい成績を上げればソチオリンピックに出場できるかも……」と感じていたそうです。

 しかし、ジュニア選手権優勝の2週間後、トランポリンの練習中の事故で左足に重傷を負い、半年間入院。手術を4回も受けましたが、左ひざから下の感覚を失いました。

 その後、平昌オリンピックをめざしてハーフパイプ競技に復帰。練習場所やスポンサーを自分で見つけ、自分の道を切り開いてきました。

 緑夢さんの最終的な夢は、さまざまなハンディキャップと闘っている人、けがや病気で現役引退を迫られているような人たちに、夢や感動や勇気を与えられるようなアスリートになること、その夢をかなえるために、夏冬両オリンピックへの出場や、これまで経験したことのないスポーツに取り組むことを目標に掲げているのです。

 どんな状況でもチャレンジを続ける〝冒険家〟の緑夢さん。そんな彼の好きな言葉がこれです。

「目の前の一歩に全力で」

 平昌パラリンピック前に取材をさせていただいたときも、こんな話をしてくれました。

「いま、自分の手もとにロウソクが1本あり、向こうにもロウソクの光があるとします。まわりは真っ暗です。向こうの光まで行こうと思ったら、できることはひとつしかありません。目の前の階段を照らして、一歩ずつステップを踏むことです。向こうの光だけを見て進んだら、どっちに歩いているかわからなくなったり、石ころにつまずいて転んだりするかもしれない。だから、僕にできることは目の前の一歩を全力で踏むことだけなんだよって、いつも自分に言い聞かせているんです」

 向こうにあるロウソクの光は自分の夢や目標です。そこばかり見ていると、「まだ遠いな」「自分の歩みは遅いな」と落ち込むこともあります。でも、真っ暗ななかで目の前を照らして一歩ずつ進むときは誰もが必死で、落ち込んでいる暇もありません。つまり、目の前の一歩に全力をつくせば心はブレない―と、緑夢さんは言っているのです。

 ・・・

 ・・・彼は、こうも言いました。

「『できない』と思うのは、よけいなことをいろいろ考えすぎちゃうからですよ。へただからとか、日本人だからとか、いろんなことを考えると、『グランドスラムで優勝なんかできない』っていうことになっちゃう。でも、子供は何も考えずに『グランドスラムで優勝したい!』って言いますよね。僕たちも、子供みたいに本当にシンプルに、『こんなことができたら嬉しいな』と思って目標を掲げればいいんです」