不自由な脳

不自由な脳―高次脳機能障害当事者に必要な支援

 高次脳機能障害の当事者鈴木さんと、心理士の山口さんの対談本。対談ということで話し言葉なので、専門的な話もわかりやすく、非常に参考になる本でした。(ちなみに高次脳機能障害とは、ざっくり言うと、病気や外傷が原因で脳損傷が起こった、その結果として表れる認知障害のことです)

 支援スタッフにも、家族にも、当事者にも、とても役立つ情報が盛りだくさんです。

 きっと全然関係ない方にも、脳ってこんな仕組みになってるのか、と興味深いと思います。

 こちらは「思うように言葉が出てこない」ということに関して、その「できない感覚」を周囲にわかってもらうのが、難しかったという話です。

 

P55

山口 鈴木さんの場合は、・・・右側の脳だと言葉が話せないことをリハスタッフがあまり理解してくれなかったということがあり得るんじゃないかと思いますが。

 

鈴木 がんばって訴えましたが、あまり理解はしてもらえませんでした。

 

山口 やっぱり。

 

鈴木 言葉に関しては、ろれつ障害と小さな掠れ声しか出ない嗄声の症状はあったんですけれど、言葉が出てこないということに関しては、回復期のSTさんは、鈴木さん上手にお話しできています。鈴木さん、話しづらいというふうに上手に表現できていますと言われて。

 

山口 「できてるじゃない」って。

 

鈴木 言葉が出ないことについてはとても心を閉ざしました。自分の中の子どもの頃から培ってきた言葉の辞書と、こういうシチュエーションでこういう言葉をしゃべろうとか、この表現にはこの言葉だというような、自分の中の索引と辞書のページが壊れてしまったという実感なんです。今まで話そうと思うとすぐにそのページが開いたんだけれども、病気になった瞬間、その辞書のページが全部バラバラになって、体育館のような広いところにバーッと散らばってしまったような印象。なので、このことをしゃべりたいなと思っても、言葉を探すのにものすごい時間がかかるわけですね。・・・

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 相手に伝えたい内容に適切な言葉が病前ならスッと出て来たのに、それがなかなか出て来なくて、頭の中を探し回ってようやく出てくる感じなんです。探し回っている間に何を伝えたいのか忘れてしまうこともあるし、ようやく出てきた言葉を口にしてみても、何か相手に伝わっていない気がして、何度も似た言葉で言い直したり、同じ言葉を繰り返したり、どもったりして、もう会話にならないんですね。

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 もともと思考のスピードそのものはすごい落ちていることもあるのですが、ミカンを見てミカンって名称が出て来ないわけではないんです。ミカンを相手に勧める時に、いろいろな言い方があるじゃないですか。その時の相手のタイプ、相手が目上の方なのか、男性なのか女性なのか、子どもなのかによっても言い方が違いますよね。山口先生に「ミカン食べなよ」って言ったら変じゃないですか。なんだけど、「ミカンいかがですか」、「ミカンどうですか」、いろいろな言い回しがある中の一番適切な解が出てこないんですね。

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山口 右側は非言語的なコミュニケーションをやっているといわれているので、プロソディっていう、例えば「みかん食べるぅ?」とか、なんていうかな。

 

鈴木 それ、壊滅的に駄目になりました。「ええ」という二文字の言葉のバリエーションが一個になっちゃいました。

 

山口 「ええ?!」っていうのと「ええ……」とか。

 

鈴木 そうです。「ええ!」、「ええ。」、「ええー??」などいろいろあるじゃないですか。肯定、疑問、驚き、呆れ、たった二文字でも抑揚や発声の強さなどによって伝える意味がたくさんあるはずなのに、そういうのが全滅して、全部それが出せなくなってしまいました。

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 ・・・言葉に強弱やリズムを取ることもできなくなって、ずっと平坦で小さなかすれ声で棒読みのような話し方しかできなくなってしまったんです。でもそれ、とてもとてもつらいことでした。