見えない力

美内すずえ対談集 見えない力 梅若 実(能) 甲野善紀(古武術) 大栗博司(物理学)と語る

美内すずえさんと梅若実さん、甲野善紀さん、大栗博司さんの対談集を読みました。

とても興味深かったです。

こちらは、甲野善紀さんとの話の中に出てきた、桜井章一さんのエピソードです。

 

P96

甲野 ・・・雀鬼会桜井章一会長は〝雀鬼〝の異名で知られた方で、麻雀で20年間無敗という超絶的な強さを誇った伝説の勝負師です。その桜井会長が大勝負に臨む時は、3日くらい前からもうその勝負に向けて「食べない、飲まない、寝ない」という状態になっていたそうです。

 ・・・

 また、だんだん集中力が高まっていく際に、今自分がどれくらいの勝負に臨む心身が出来上がってきたかを確かめる時があるそうです。例えば、分厚い辞書を持ってきて、217ページと思えば、ぱっと開くと217ページ。317ページと思えば、317ページ。それが一回でも外れるようなら、まだ駄目ということだそうです。

 ・・・

 他にも、喫茶店に入る前に店内に客が13人いるとか、そういうことが分かるようにもなるし、・・・初めて乗った電車であっても、次の景色が見えてきたりするそうです。

 ですから、麻雀で相手がもの凄いイカサマをさんざんしてくる時、桜井会長は「もう、しょうがないな」とザーッ、ザーッと牌を混ぜて積んで、それがなんと「天和」。始まった時点でもう上がってしまっている。それを5回くらい連続してやってみせると、イカサマしていた相手は土下座するそうです。

美内 それはもう、神様に見えるでしょうね。

甲野 そうでしょうね。・・・今お話ししたエピソードの外にも、例えば、馴染みの雀荘のマスターから「今、性質の悪いのが来ていて、常連のお客さんを食い物にしているんだけど、章ちゃん寄ってくれないか」と電話で呼ばれたりすると、桜井会長は、その店に行って何食わぬ顔をして卓に加わるのですが、自分が勝つのではなく、隣の弱いお客さんをガンガン勝たせてしまうそうです。それで、いつもは弱いその客が「なんで俺は今夜こんなについているんだ」って驚喜している脇で、知らん顔して座っている。 

 ・・・

「食べない、飲まない、寝ない」でいざ勝負を始めると、最後には39度くらいの熱が出るのだそうです。熱が出て思考が鈍るどころか、もの凄く脳が活性化する。だから、やってもやってもその先が見えてくる。ところが、いや、だからこそでしょうか、勝負が終わった瞬間、急激にサーッと冷めてゆくそうです。

 そんな感じだったので、現役の時は日常生活がくずれないように、と会社勤めをされていたのだそうです。

美内 普通の会社員ですか。サラリーマン?

甲野 ええ。ただ、異色なのは、給料は要らないから出退社は自由にさせてほしいと条件を出して、勤められていたそうです。ですが、ただ名目だけの社員ではなく、深夜など時間外に出勤して一人前以上の仕事はされていたようです。

美内 スーパーマンが正体を隠して、普段は普通のサラリーマンとして生活している、みたいな方ですね。・・・