横尾忠則さんが対談を振り返ってこんな風に話していました。
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「考えない」ということが、ほぼ全員の共通のキーポイントだと思いました。若い頃は自分の考えが確立しないと自信をもって仕事ができないということもあり、やはり常に考え続ける。ところが、ある年齢に達してしまったら、もう考えないことが即、仕事そのものの楽しさとか、仕事をする欲望につながっていく。
若い頃は、どうしても自我をコントロールできないんです。でも、ある年齢に達すると、そのコントロールの方法を覚える。それも脳ではなく、肉体で覚える感覚。そうなると無理をしなくなる。無理をしないというのは、手を抜くとか、安直に仕上げるとかではなく、作品によって世の中に何かを伝えるとか、社会に対して発言するとか、そういう気持ちが薄れてくるということ。すると、妙な我欲のようなものが自分の中から少しずつ消えていって、僕の場合なら、ただ絵を描くことの興味に絞られていく。その純粋に絵を描くという行為が、今度は体に影響を及ぼしてきて、肉体を活性化してくるという感じがありますね。
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ピカソなど・・・作品を見ると、どんどん変わっている。昨日描いたものをコロッと変えて、明日はさらに変えて、といった具合に。一点、傑作をものにすると、人間はそればかりに執着して、同じものを続けたがるものです。まあ、ピカソの中に勇気という言葉があったのかといえば、それはないと思いますが、だけど「遊び」はある。つまり、勇気というのはイコール遊びなのです。・・・
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自分のことを認知できる状態で、しかもある程度健康なら、何歳までと言わないまでも、できるだけ長く生きたいですね。そうすれば、いろいろな経験ができる。この前亡くなられましたが、日野原重明先生は、禅の大家である鈴木大拙先生が一九六六年に九十五歳で亡くなる前の五年ほど、主治医をされていた。それで鈴木先生が日野原先生に、「先生、長生きしてください。長生きすると、いろいろ面白いことがありますよ」と、おっしゃったそうです。
やはり長生きするということは、それだけ未知の世界というか、未知のゾーンに入っていくわけですよね。そうすると、ものの見方や考え方をはじめ、ありとあらゆるものが、今まで見えていたこと、聞こえていたこととは違って感じられる。・・・
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・・・僕にとっては、・・・アンファンテリズムというものが重要なんです。その子ども性が病気をしないように、いつも元気でいられるように、上手に育てるというか、可愛がるというか……。大抵の人は、少年性を失くしてしまいますから。
もしかしたら、創造行為や芸術活動をするうえで成熟というものがあるとしたら、それは幼児性の源郷に帰ることかもしれません。