メンタル面のコントロールがどれほど難しいかという話、興味深かったです。
ちなみに、あとがきにあったメソッドのまとめは、このようなものでした。
①「言葉にして宣言する」
②「ちゃんと考えて、課題を見つけて取り組めば、壁を越えられる」
③「成功したら、いったん喜んでから、次に向かう」
④「弱さが見つかって嬉しい」
⑤「試合のための練習をする」
⑥「冷静と闘志のバランス」
⑦「ノーミスや順位ではなく、演技中は一つひとつに集中」
⑧「応援を味方にすること、感謝すること、信じること」
P300
グランプリファイナルで、前人未到の330点超えを果たしたあと、羽生選手は新たな壁と戦っていました。
フィギュアスケート選手にとって、ショートもフリーも通じてパーフェクトという名演は、スケート人生のなかでも1回あればいい、というほど難しいことです。特に4回転ジャンプを計5本も入れているプログラムで、2試合連続でパーフェクトに演じたのは、奇跡に近いほどの運命的な時間。ところが、周囲は羽生選手を「絶対王者」としてあがめ、そして300点超えを当然のように期待しました。
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ボストンでの2016年世界選手権は、周囲からのプレッシャーをどう扱い、自分自身のモチベーションや集中力をどう設定するか、とても複雑な心理コントロールが問われる状況で迎えました。
そしてショートの朝の公式練習が訪れます。
・・・そんななか、・・・ハプニングがありました。羽生選手が曲かけをしている時に、デニス・テン選手(カザフスタン)が演技軌道にいて衝突しそうになり、羽生選手が大声をあげたのです。いつもと違う軌道でトリプルアクセルを跳んだ羽生選手は転倒し、会場に緊張感が張り詰めました。
「やはり皆さんが思う基準の点数、パフォーマンスというのがとても上がってきているので、プレッシャーも感じていました。オリンピックもグランプリファイナルも緊張したけれど、今までの試合とはまったく違う心境でした。練習をみて分かる通り、気持ちがぐしゃぐしゃでした。イライラしていましたし、そのあとの練習内容もぐちゃぐちゃになってしまいました」
この精神状態のまま、数時間後のショート本番を迎えるわけにはいきません。羽生選手はホテルの部屋にいったん戻ると、これまでの〝メソッド〟を駆使して自分の精神状態を分析しました。
「色々と考えてみると、すごく独り善がりになっていました。今まで支えて下さってる皆さんがいてくれたのに、『自分ひとりがここまでやってきた』という気持ちになっていたんです。それが悔しくて……。スケートは1人でやってるものではなくて、支えてくれる人達がいて、演技中もファンの皆さんの声や拍手から力をもらう。そういったものに自分の感情や身体や精神力が左右されて、最終的には1人で滑る競技なんです」
自分の精神状態をしっかり把握できた羽生選手は、⑧「応援を味方にすること、感謝すること、信じること」を再確認しました。
するとショートは、2本の4回転を成功させます。鬼気迫る表情でフィニッシュのポーズを取ると、「見たかー」と叫びました。気迫が身体中からあふれていました。
「周りにどう期待されようと、自分が目指すパフォーマンスは変わるものではありません。最終的には、自信を持って、幸せを感じながら滑ることが出来ました。『見たか』というのは、自分の気持ちに対してです。色々な感情が交ざっていましたが、自分が1つの気持ちに辿り着けたからです。スケートをやってきて17年。色々な経験のなかで方法論を導き出してきました。その考え方、攻略法みたいなものが通用してよかったです」
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ところがフリーはまた別の課題が訪れます。
「成功したら、いったん喜んでから、次に向かう」というメソッドに従い、「良いショートのあとの、フリーへの切り替え」は、ちゃんと意識していたという羽生選手。しかしフリー本番は、冒頭の4回転サルコウをミスすると、次々とミスが連鎖。・・・
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「今回のこの『SEIMEI』は練習でもほぼ毎日ノーミスが出来ていて、結果的にはノーミスというペースになれすぎていたのだと思いました。『SEIMEI』は、1つ1つのジャンプが全部うまく曲にハマっているんです。それで、1つ目のジャンプで崩れたことで、バタバタとピースが崩れてしまった。『試合のための練習』という方法を意識してやってきたからこその慢心もあったと思います。『試合のための練習』は大事ですが、逆に、本番は会場の雰囲気や空気を感じて力に変える事が出来る。今回はその、感情や身体のバランスがうまく取れなかったのが、失敗の原因でした」
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「・・・この舞台で金メダルを獲れないようじゃ、まだまだ弱いということ。今回は2位になりましたが、世界記録を持っている人間としては、また新しい扉を開ける存在になりたいと思います」