別次元へ

チーム・ブライアン 300点伝説

 コーチがこんなに感動するほどの・・・すごいことだなぁと、そのことにまた感動してしまいました。 そしてこの後ももっと高みを目指して、今もずっと、みんなを感動させ続けているのがまた、すごいなぁと思いました。

 

P126

 ・・・ユヅルは試合に向けてのコンディション作りに成功したことを感じ取れたので、このNHK杯はすごいことになるぞと、私は試合前から高揚感を抱いていました。

 ユヅルはショート「バラード第一番」で4回転サルコウと4回転トウループを成功させました。これはコンディションのよさから予想されていたので、私は驚きよりも、「よくやった!」という気持ちでした。得点は106.33点。すごいスコアです。パーフェクトに演技をすれば110点を超えるプログラムですから、また一歩、極限へと近づきました。

 コンディション作りが問われるのはフリー「SEIMEI」です。ユヅルもすでに、ショートの成功だけで気を緩めるような若者ではありません。フリー冒頭2つの4回転を絶好調の身体能力でクリーンに決め、これはまったく異次元の演技になると直感しました。すべての技の質が高く、特に4回転は回転が速く、大きく、スムーズで、力強いものでした。そして3本目の4回転、「4回転トウループ+3回転トウループ」を跳んだときのことです。まだ2本トリプルアクセルが残っているとわかっているのに、もう別の惑星に行くような気分になりました。

 忘れもしません。首の後ろに鳥肌が立って、ゾクゾクしたのです。私はコーチであることを忘れて、リンクに飛びだしてユヅルと一緒に滑りたい気分になりました。演技終盤に向かって、プログラムに込めた感情が徐々に高まっていくと、あの大きな会場には驚くほどのエネルギーが満ちあふれてきました。

 私はもう感極まってしまいました。あんなに素晴らしい演技を見たのは、人生始まって以来です。ユヅルは忘我のなかで、何かが彼の身体に乗り移ったかのように、のびのびと自然に滑っていました。戻ってきたユヅルにまず「誇りに思うよ」と伝えたと思います。興奮しすぎていたので記憶が定かではありません。「ワオ!もう信じられない!すごい!」と言っただけなのかもしれません。キス&クライに座っても、あまりに感動して得点のことなど考えられず、ユヅルに言ったのは、こんなことでした。

「この気持ちを忘れないように。今日リンクに足を踏み入れたときの気持ち、滑っている間に受けた感じを大切にして、この感動を胸に刻んでおくんだ。これが人生の宝になる」

 そんな言葉をかけながらも、私はもう胸が詰まってしまって、泣き出しそうでした。その演技への感動冷めやらぬなか、322.40というスコアが表示されました。もう笑うしかありません。

 男子にとっては〝300点超え〟がひとつの壁でした。それまでの世界記録が295.27点ですから、・・・一気に30点近く更新しました。