生生流転

寂聴 九十七歳の遺言 (朝日新書)

 寂聴さんに言われると余計に、その通りですよねと思います。

 

P187

 世の中は矛盾や理不尽だらけです。あなたは「よいことをしたらよい報いがある」などと教えられてきたかもしれません。でも、まわりを少し見てごらんなさい。

 ほんとにやさしくて真面目な人が、職を失って困っていたり思いもかけない病気になって苦しんでいたり、ほんとにいい子が、災害や事故で両親を失って学校へ行けなくなったり。そんな人たちがたくさんいるじゃありませんか。

 一方で。ほんとに憎らしい人が何だか知らないけれど、どんどんお金を儲けて、ちっとも似合わないミンクのコートを着て大きなダイアモンドの指輪をつけている。

 いい人が悪い目に遭い、嫌な人がいい目に遭う。そういう矛盾や理不尽なことがこの世の中にはいっぱいあります。

 ただ、世の中に矛盾や理不尽があるから、私たちは「どうしてそんなことがあるの?」と真剣に考える。そるとそこに哲学が生まれる。世の中を疑問に思い、考えたくなって物語を書く。これが文学なんです。

 ・・・

 私たちは思わぬ不幸に遭います。でも、やはり仏さまや神さまは、私たちが耐えられない苦しみをお与えにならない。何とかそこを切り抜けていく力があるからこそ、様々な試練を与えられえるのだと思います。

 この世は「苦」だとお釈迦さまはおっしゃいました。けれども、与えられた苦は辛抱に値する苦であり、その苦を懸命に乗り越えた先で、必ず新たな強い力を与えられるのです。

 ですから、どんな辛い時、苦しい時でも決して絶望しないで下さい。

 どん底の下はありませんね。一番底にぶつかったら何でも反動で上にあがります。・・・どん底に落ちたら、後は上向きになるしかないんです。落ちきった後にはどんどん運命がよくなります。

 よく「生生流転」と言います。同じ状態はつづかない。すべてのものは移り変わります。お釈迦さまが説いた「無常」です。

 今はどん底でも必ずいい方向に変わります。どんな暗闇の中でも光は見つかります。