一番いい顔

寂聴 九十七歳の遺言 (朝日新書)

 死ぬ時が一番いい顔、というのは確かに・・・今までにあちらにいった家族も、すっきりきれいな顔だった、と思い出しました。

 

P162

 人間はいったん暗いことを考えると、ほんとにどんどん暗くなって気持ちが沈んでいきます。だから「今夜はこれを食べてやろう」「あの人に電話しよう」と楽しいことを考えながら、出来るだけ明るく生きた方がいいに決まっています。

「死」についてもそうでしょう。「死ぬのが怖い、怖い」とばかり考えていたら、その恐怖に押しつぶされてしまって、暗い気分のまま一生が終わってしまいます。そんなのバカらしい。いつ死ぬかもわからないし、死がどういうものか、死んだ後にどうなるのかは誰にもわからない。

 それなら、死についても楽しく考えた方がいい。そのことを最後に話しておくことにしましょう。

 死ぬ時は、みんな顔がとてもきれいになります。あれは不思議ですよ。ほんとにみなさん、生前よりも格段に美しくなる。

 たとえば、作家の宇野千代さんです。もともときれいな人でしたが、九十八歳で亡くなってお通夜に行ったら宇野さんと親しかった女優の山本陽子さんが喪服姿で枕元に座っていて、とてもきれいでしたが、彼女よりも宇野さんの死に顔の方がはるかに神々しく美しかった。びっくりしましたね。

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 女も男もたくさん死に顔を見ましたが、お化粧なんかしなくてもその人の一番いい顔だなと思います。みんな驚くほどきれいです。

 人間は、死ぬ時にその人の一番いい顔になる。生きている間にこびりついた何か嫌なものがすっかり消えるのかもしれません。