46年目の光

46年目の光―視力を取り戻した男の奇跡の人生

 人生になんの不足もなかったというマイク・メイさんが、手術を受けて目が見えるようになるまで、人生のいろんなエピソード満載の本です。

 目の手術が大きな転機ではあるのですが、もうその人生自体が盛りだくさん過ぎてびっくりでした。お父さんはアルコール依存で入退院を繰り返し、お母さんへの暴力もあり、結局離婚して、という経済的には苦労の多い子ども時代だったようです。でも、お母さんがかなりチャレンジ精神あふれるパワフルな方だったようで、その当時の話を読んでも、お金が少ないことや、目が見えないことが、それほど大きなことではないように感じられました。

 なんとバイクを運転して校庭に乗り入れて、駆け付けた警察官に「目が見えないのか?」とびっくり呆れられたというエピソードもありました(笑)

 

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 一九九九年二月一一日、サンフランシスコのセントフランシス・ホテルの大広間を演壇に向かって歩いていたとき、マイク・メイは不満らしい不満のない人生を送っていた。

 この日は、際立った活躍をした目の不自由な人に授与されるギャラガー賞の授賞式。この栄誉ある賞の昨年の受賞者で、今年のプレゼンターを務める四六歳の男の経歴を、会場を埋めた数十人の人々はみんなよく知っている。不慮の事故で三歳のときに失明。障害者スキーの世界選手権で三つの金メダルを獲得し、視覚障害者用のスピードスキー競技の世界記録をもっている。実業家としては、目の不自由な人のための携帯型GPSシステムの実用化まであと一歩のところまで来ている。世界初のレーザー・ターンテーブルの共同発明者であり、アフリカの村の泥壁の家で暮らした経験の持ち主で、美しいブロンドの妻(この日もピチピチの黒のトップスに、黒のミニスカート、黒のハイヒールというかっこうで同席している)をもち、子供たちのよき父親で、なんとCIAで働いていたこともある。

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 大勢の前で話すのはお手の物だった。メイのスピーチはいつも、聞く人に元気を与えた。・・・「視力のある人生は素晴らしい。けれど、視力のない人生も素晴らしいものです」・・・