工夫する面白さ

TOKYO0円ハウス0円生活 (河出文庫)

 著者が出会った鈴木さん、魅力いっぱいの方でした。

 

P76

「ちょっと言いにくいかもしれないんですが、どうしてここで暮らすようになったんですか」

 ・・・

「栃木で生まれて、色々仕事してたんだけど、最終的には福島の方で土木作業員をやってたわけよ。私は、なんというか……自分で言うのもなんだけど、けっこう勘がよかったから仕事もよくできたのね」

「はい、それで……」

「それで、バリバリやってたんだけど、会社自体がつぶれちゃったのよ・・・で、上京して浅草に着いたのよ。40万円ぐらい手に持って。・・・ある日、居酒屋かなんかで飲んで酔っぱらっちゃった・・・それで、ついつい寝ちゃったのよ・・・起きたら荷物、財布どちらも盗まれて一文無しになってしまったのよ・・・それで、言問橋の下で寝るようになった。・・・」

 ・・・

 そうこうするうちに、鈴木さんは橋の下の生活になじんでいく。・・・で、鈴木さんはみんなの生活を見ながら気になることがあったらしい。それは一体なんなのだろう。

「みんな、冷たい水ばっかり飲んでるんだ。当たり前だけど。それで、路上で寝るでしょ。それじゃあ、体も冷えるし、心も冷たくなっちゃうよ。温かいものを飲んだり、食べたりして、体を温めなくちゃいかん」

 そう思った鈴木さんは、それから何日かたって念願のカセットコンロを路上で見つけてくる。ガス缶を手に入れて、火をつける。・・・そしてお湯を沸かしてコーヒーを淹れ、周りの皆に与えたそうだ。

「そしたら、すごいことが起きたわけよ・・・うちにお湯を求めて仲間たちがたくさん集まった・・・コーヒーや紅茶、日本茶、いろんなものを持った人たちが列を作って並んだんだよ。しかも、うわさを聞きつけた知らない人たちも集まってきて……すごいんだよ、情報が回るのが。ここはそういうことがあると回覧板みたいに誰にでも知れ渡っちゃう。・・・感動して、これはやめられないと思ったね。そうやって人が集まるってことは素晴らしいよ。他ではなかなかないだろ・・・なんでもやってみると面白いもんだよ・・・工夫するのが好きなのよ。そしてこの生活は工夫すればするほど面白くなっていくわけよ」

 鈴木さんは快感と充実感を得ているように見えた。自分の生活を工夫して続けていくことの興奮、そしてそれによって得た技術を広めることによって生じる人の輪。この二つが絡み合って鈴木さんの本能をくすぐっていったようだ。

 ・・・

「本当に面白いのよ」

 鈴木さんは笑っている。ここには新しくて懐かしい生活の姿があるように思えた。

 鈴木さんからは、貧しさに困っているようなお涙ちょうだいの話題が全く出ない。自分が感銘を受けてきたことばかりが出てくる。