「佐賀のがばいばあちゃん」が好評で、続いて出た本(といってもだいぶ前ですが)を読みました。これも覚えておきたい印象的な話ばかりで、読んでよかったです。
P86
ある朝、起きてきたばかりの俺は、眠い目をこすりながら、ふと裏庭に目をやった。
「え?」
何か、見慣れない大きな黒い固まりが、木の幹に寄りかかっている。
よくよく見てみると、それはぐったりと木にもたれかかっている、ひどく汚い男の人だった。
・・・
叫ぼうと思ったが、ばあちゃんは既に男の存在に気づいている様子で、何食わぬ顔で側まで行くと、
「あんた、誰ね?」
と聞いた。
男は、死んでいるわけではなかったらしく、うっすらと目を開けたが、何も答えない。
すると、ばあちゃんは再び聞いた。
「あんた、泥棒やろ?」
ええ?泥棒?俺は、また驚いた。
・・・
しかも男は、
「はい」
と答えたのだった!
・・・
が、次にばあちゃんが口にした言葉は、正真正銘、天地がひっくり返るくらいに俺をビックリさせた。
「私は、今は仕事で出掛けないといけないから。良かったら、夕方おいで」
どこの世界に、泥棒を家に招く人がいるだろうか。
・・・
そして夕方になった。
招待するばあちゃんもばあちゃんなら、呼ばれた泥棒も泥棒で、まさかやって来るとは思わなかったのに、ひょこひょこと、今度は玄関先に顔を出した。
どうするのかと思ったら、ばあちゃんは泥棒を上がりがまちに座らせ、大きなおにぎりを出してやった。
泥棒は、黙って会釈すると、ガツガツとおにぎりを頬張る。
ばあちゃんは、その様子をじっと見つめながら、しみじみと言った。
「あんたも、大変ねえ」
「…………」
「うちみたいなとこ入ったって、何も盗る物なんかないよ」
「…………」
「人の家の窓をはずしたり、逃げたりする力があるんなら、働け」
「…………」
「な、市役所に聞いてみろ」
何も言わず、黙々とおにぎりを食べる泥棒。
静かに、諭すように話すばあちゃん。
・・・
それにしても、泥棒にご飯をあげるだけでなく、仕事の心配までしてやるのだから、お人好しなばあちゃんである。
そう言えば、鶏泥棒の被害に遭ったこともあるが、
「昭広ー、来てみろ。ほら、一番年寄りば盗みよった。うまくないぞー」
怒るどころか、ケタケタ笑っているのだから恐れ入った。
・・・
「ばあちゃん、うち貧乏なのに、なんであんなに親切にするの」
と聞いてみたことがあった。
ばあちゃんは、ちょっと思い詰めた顔をして、
「好きで、あんなになったわけじゃなし」
と答えた。
それから、
「一万人生まれてきたら、何人かは故障すると」
と付け加えた。・・・