歴史上の人物

江戸の備忘録 (文春文庫)

めずらしく歴史関係の本を読んでみました。

へぇ~ということが多く、面白かったです。

こちらは織田信長の話。

 

P10

 織田信長はまったくの合理主義者であって、怪奇現象など相手にしなかったように思われがちである。・・・けれども実際の信長は、どの武将よりも奇怪を好んだ。占いや迷信、怪異なる現象に異常なほど興味を抱き、それがまことかどうか、みずから確かめてみねばすまぬ性分であった。・・・

 ・・・

 ・・・実否のみえにくい易占いは信じてはいなかったが、生年月日がその人の運命を決めるものかどうか、確かめようとしていたふしがある。『朝野雑載』にこんな逸話がある。

 天下様とよばれるようになったとき、信長は、一つのお触れを出した。<信長と同年同月同日同時に生まれし者を尋ね出し給ふ>と、自分と同じ日、同じ時間に生まれた男を探し出して会おうとしたのである。

 一人の男が見つかった。

 見れば、極貧の男である。信長は言った。「わしは天下を取り、おまえは極貧。同時に生まれても、運命がだいぶん違うな」。ところが極貧男は言った。「いえ。上様と、わたしは大差ありません。ただ一日の違いだけです」。極貧男がそう答えたので、信長は聞いた。

「その一日とはなんじゃ」

「天下を持っても、貧しさに極まっても、それは昨日までの過去のこと。上様とて明日はわかりませぬ。今日一日のみ、上様は天下の主として楽しまれ、わたしも今日一日のみ極貧に苦しんでいるだけです」

 これを聞いて、信長はがくぜんとした。結局、人間は今だけを生きている。極貧にあえぐ男は、自分にその真理を告げたのである。やがて信長は満足そうにうなずき、男にたくさんの衣服金銀等を与えて帰したという。