夏目漱石の俳句についての説明、すごいなーと、とても印象的でした。
P97
夏目漱石が、熊本の旧制五高で教えていたときのことである。
一人の学生が漱石の自宅を訪ねてきた。・・・勇気を出して聞いてみた。
「俳句とは一体どんなものですか?」
漱石は、ごまかさず照れもせず、まじめにこう答えたという。
「俳句はレトリックの煎じ詰めたものである」「扇のかなめのような集中点を指摘し描写して、それから拡散する連想の世界を暗示するものである」
「花が散って雪のようだといったような常套な描写を月並という」。こういう句はよくない。
「秋風や白木の弓につる張らんといったような句はよい句である」(『夏目漱石先生の追憶』)
要領を得た見事な説明である。学生は、俳句が作りたくて仕方がなくなった。そして死ぬまで俳句を作り続けた。
学生の名は寺田寅彦(一八七八~一九三五)。のち物理学者。随筆家としても知られ、数々の名文を残している。
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寅彦は、漱石から二つのことを教わったと書いている。自然の美しさを自分の目で発見すること。人間の心の中の真なるものと偽なるものとを見分け、そうして真なるものを愛すること。この二つである。