手塚治虫さん

淡々と生きる

手塚治虫さんのお母さん、なんてすばらしい、と思いました。

 

P81

 あるとき授業中に、治ちゃん(本名は「治」)がノートに漫画を描いていた。すると先生が見咎めた。・・・そしてお母さんが呼び出しを受けた。「治くんは、授業中に漫画を描いていたのです。何度も注意したのですが、本当にどうしようもない子なので、ちゃんと注意してください」と言われて帰ってきた。そして、「治ちゃん、今日学校から呼び出されて、先生に言われたんだけど、授業中に漫画を描いていたんですって?」「うん、描いていたよ」「どんな漫画を描いていたのか、ちょっと見せてちょうだい」と、このあたりが世間一般の親子関係とは違うところです。「いいよ」と持ってきた漫画を母親は何も言わずに、一ページ目から読み始めます。そして、終わりまで読んで、パタッと閉じた。そこで、「治ちゃん、この漫画はとてもおもしろい。お母さんはあなたの漫画の、世界で第一号のファンになりました。これからお母さんのために、おもしろい漫画をたくさん描いてください」と言った。天才手塚治虫が誕生した瞬間です。

 ・・・先生は面子とプライドを傷つけられたかもしれないにしろ、手塚治虫の母親は、注意すべき必要を感じなかった。そして、描いた漫画を誉めてやることで、子どもの才能を引き出したのです。

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 手塚治虫が二十六歳のとき、母親に相談をした。「いま僕は、月刊の連載を六本抱えている。さらに、一日おきに当直がある。医学のほうも忙しい。ここまで忙しいと、医学を取るか、漫画家の道を取るか、どちらか選ぶしかなくなってきた。時間的に忙しくて、両方はできない。お母さんは、僕がどっちをやったほうがいいと思う?」・・・母親はこう言った。「あなたはどちらを選びたいの?」と。・・・手塚治虫は、「僕は漫画家のほうをやりたい。医者は世の中にたくさんいるけど、漫画家はそんなにいない。だから、これから漫画を描いて生活をしていきたい」と答えた。すると母親が、「あなたが漫画家を選ぶのだったら、私はずーっと応援します。あなたがどちらを選ぼうとも、私はずーっとあなたの味方です」と言った。

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 ・・・子育ての本質は、その子の芽を摘まないことです。・・・