「私自身はいささかの狡さ、悪、卑怯、嘘、と言ったものとごく自然に共生して行きたいのです」というところに共感しました。
小説の中の正直団地という設定のことが、この部分だけではよくわかりませんが、住みづらそうな(笑)
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しかし人がどう生きても私は、ほんとうはどうでもいいのです。しかし私自身はいささかの狡さ、悪、卑怯、嘘、と言ったものとごく自然に共生して行きたいのです。
或る日団地の中の道で、私は千円札を一枚拾いました。その時、私がとった行動もまことに人並でした。私はまず靴でその札を踏んづけて隠し、それから、それとなくあたりを見廻しました。そして誰も見ていないとわかると、おもむろに靴の紐を結び直すようなふりをして、その札を拾ったのです。
それで私は有頂天になり、帰ってから、早速そのことを家内に話しました。もちろん些少の額ですが、家内もその庶民的な幸運を喜んでくれるだろう、と思ったのです。
ところが家内はたかだか千円のことで顔色を変えました。誰かにもし札を拾うところを見られていて、それを警察に届けずにぽっぽしたことが知られようものなら、他の土地ならいざ知らず、もうこの正直団地にはいられなくなる、というのです。
私はばかばかしくなって、いられないなら出て行こう、とさえ思いかけました。