言葉の感覚

わたしの容れもの (幻冬舎文庫)

この感覚も、おもしろかったです(笑)

P61
 ノーカロリーとか、カロリーオフって、なんと魅惑的な言葉なんだろうか。・・・同じもので二種類並んでいたら、間違いなく私はオフを選ぶ。ノーがあればノーを選ぶ。カルピスにカロリー控えめのカルピスダイエットが出たときは「待ってました」と心のなかで万歳をした。
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 実際は、私はカロリーが好きだ。同じ飲料もしくは食品で、通常のカロリーのものと、カロリーオフに工夫されたものを食べ飲みくらべると、私は完全にカロリーの高いほうをおいしいと感じる。・・・
 我が家のオーブンは、油を使わず揚げもののできる仕様で、使いはじめのころは、カロリーオフだと意気ごんで、唐揚げやトンカツをこのオーブンで作ってみた。・・・やっぱりどちらがおいしいかというと、油で揚げたほうがおいしいのである。・・・
 たぶん、私の好物のなかに「カロリー」というものがあるのだと思う。好きな食べもの、豚肉、羊肉、茄子、湯葉、カロリー、桃、梨、みたいに。
 しかしおいしいという理由だけで単純に好物を選んでいたのは、三十代の半ば過ぎくらいまでだ。気を抜いてカロリー愛に溺れていると、すぐに中性脂肪値が上がり、高脂血症の判定が出るという、自覚が生まれたのである。・・・カロリーオフ、ノーカロリーという言葉が、おいしい、おいしくない、という分類とは異なった輝きをたたえるようになったのである。
 最近になって、私にとってまた魅惑的な言葉が増えた。それはデトックス
 最初この言葉を聞いたときは、こわい、と思った。濁音ではじまる単語の響きがこわい。しかも、体内に蓄積した毒素や老廃物を出す、というこの言葉の意味もこわい。毒素なんてそのまま言葉がこわいし、老廃物も、「老」「廃」が、「物」というところがこわい。それを出す、という説明の曖昧さもどことなくこわい。
 私ははじめて聞いたときは「老廃物」とは「物」というだけあって、固形物を想像していた。胆石のようなものである。それが、何かすることによって(どこかから)デトックスされる、ような理解である。胆石は猛烈に痛いというから、老廃物も排出されるときはそれなりの痛みがあるのだろうと思っていて、そのこともまた、こわかった。
 どうもそうではないらしい。老廃物も、毒素も、固形などではなく微少なもので、汗や排泄物などといっしょになって出ていく、という。
 ここまでなんとなく理解できてはじめて、「あっ」と思い当たることがあった。
 マッサージで、施術後に、無性にトイレにいきたくなるものといきたくならないものがあることに、思い至ったのである。・・・あれってつまり、排泄物や毒素が、うまいこと排出に誘導されたということではないのか。
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 今や、デトックスと聞くと「何々、何がデトックスにいいの」と首を突っこみたくなる。
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 それにしても、かつて好きな言葉と言われれば、人生を示唆するような格言が口をついたものだが、今そう訊かれてぱっと思いつくのが、「カロリーオフ」や「デトックス」というのも、どうかと思う。もちろん、思い浮かべるだけで、馬鹿正直に答えたりはしないけれど。