取り巻く世界

生命と記憶のパラドクス 福岡ハカセ、66の小さな発見 (文春文庫)

福岡伸一さんの本を読みました。
日頃の思考範囲にない話がたくさんあって楽しかったです。
こちらはトカゲの話から・・・

P222
 あるとき、私はガラスケースの前面にいたトカゲに向かって、ゆっくりと手を振ってみた。まるで生きていないかのように、トカゲは同じ姿勢のまま微動だにしなかった。次に私は、トカゲの目の前をさっと横切るように、すばやく指先を走らせた。するとその瞬間、トカゲはキッと尖った頭をふって指先の行方を凝視したのである。
 そう、おそらく彼らは動くものしかよく見えないのだ。動くものによって世界が作り出されているのだ。
 こんなあたりまえのことを気づかせてくれたのは、今は亡き日高敏隆さんが訳した『生物から見た世界』(ユクスキュル著 岩波文庫)である。生物たちはそれぞれ独自の知覚と行動で自分の世界観を作り出している。それを環境ではなく、環世界と呼ぼう。虫たちは人には見えない紫外線を見て、異性や花を美しいと感じる環世界に生きる。カタツムリの環世界では、一秒間に四回差し出される棒は静止したものと捉えられ、それに上ろうとする。つまりカタツムリにとって一秒の中に瞬間は三つか四つしかなく、それゆえ彼らの環世界は驚くほど速く流れている。だから彼らは自分がのろまだとは全く感じていない。
 私たちヒトは環境に囲まれて生きている。高い空や青い海。やさしい春の風、芽吹きの緑。色とりどりの花。しかし、そんな風にいうときの環境とは、実は、どの生命にとっても普遍的な実在としてそこにあるのではない。それはヒトの五感が作り出した勝手な世界の解釈でしかない。