9番目の音を探して

9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学

大江千里さんのエッセイ、先日読んだのは音楽学校卒業後のお話でしたが、音楽学校時代のものも読みました。
JAZZを身に着けるために一歩一歩がんばっている姿に、ハラハラドキドキ、冒険小説を読んでいるような感じも。
ここは、マネージャーさんがこんな風に後押ししてくれたのが、すごいことだなと思いました。

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 秋の始まりの頃に出願していた、ニューヨークにあるザ・ニュースクール・フォー・ジャズ・アンド・コンテンポラリーミュージック(以下ニュースクール)という音楽大学。そのジャズピアノ科入学の承認メールが届いたのは、10月の終わり頃だったろうか。
 年末にやるクリスマスロングコンサートの会場もすでに押さえていたし、この出願はどこかで、腕試しみたいなところが無きにしも非ずだった。もちろん、受かったら行かないつもりではなかったけれど、それも100%sure(確か)かと言われると自信などなく、とりあえず先のことは今は考えず、とにかく長年の夢だった音大への挑戦を一度はやってみるーきっかけはそんなノリから始まったはずだった。
 しかし、オーディションテープを送付したら、ありがたいことに「合格」通知が届いた。その途端、僕の中の眠っていたものに一気に火がついた。
 ここで行かなきゃ。もはやこの先の人生で行くチャンスなどないかもしれない。まず仕事の相棒であるマネージャーに相談した。彼は注意深く僕の話を最後まで聞くと、こう言った。
「ジャズをやりたいのはここ数年の音楽を見ていててわかっていたし、これは、行ったほうがいいですね」
「ほんとにそう思う?でも仮に行くにしても、年末のクリスマスコンサートまではやり切ってからのほうが。もうテーマも決まっているし」
「いや、今そういう気持ちになったのならば、明日から入学に向けて全部のエネルギーを使ったほうがいいですよ」
「……」
「僕がコンサート会場のキャンセルとかはうまくやります。なので、あなたは次の人生に全身全霊で向かってください」

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 夏のある夕方。ヒルズのショーウィンドウに映り込んだ自分を見てはっとする。それは相似した誰か別の人の顔だった。言いたい言葉を呑み込んでいるというか、おとなしそうな顔を繕って、尖ったなにかを隠し持っているように見えた。
 下からおそるおそる覗きこむようにそいつを値踏みしてみる。大まけにまけて、うさん臭い「60点」。そう心でつぶやき、はっとする。
 3年後の50歳の誕生日に、この男、どこで何をしているのだろう。何処かのショーウィンドウに映る自分を見つけては、今日と同じようにサーカスティック(懐疑的)な押し問答を繰り返すのだろうか。一人二役で。少なくとも、そのときは今よりもっと底抜けに笑っていてほしい、なんて思った。もしそのときに鏡の向こうの自分が乗り出して、僕に「今やりたいことができているか?」と質問すれば、即座に「にやっ」と不敵な笑みをそいつに返してほしい。そんな人生を送っていてほしい。そう切に思った。
 それまでの絶対的な価値観の幕をおろすのはしんどい作業だが、何度となく自分の身に降りかかってきた他動的なアラート(警告)、これは他でもない「漫然と生きるよりもゼロを選ぶ」ことへの、自らの心がずっと出していた「サイン」だったわけだ。