向さんがあちらからの働きを感じた体験が載っていました。
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・・・すっかり忘れていた故人が、向こうから私に作用してきたリアルな体験もあります。
それは、私が専門道場で修行していたときのことです。
少し年上のSさんが、雲水として新しく入門してきました。人づてに聞いたところでは、京都のある尼僧さんの寺に跡継ぎとして入って結婚もしたのに、住職の尼僧さんとお嫁さんがうまくいかず、お嫁さんは寺を出奔して彼とも離婚するし、いたたまれずにその寺を出てしまったということでした。
お師匠さんの説得や期待もあったのでしょう、Sさんは再起を期して道場に来たわけです。
ところがそのSさんが、ある日、近くの公園で自殺したのです。
私も人より遅く雲水修行を始めましたし、年齢が近いこともあって、人生に絶望したであろうSさんに同情しました。・・・でも修行を終え、京都の師匠の寺に帰った頃には、すっかりそのことは忘れていました。
そして数年後―。私は兵庫県の山間部のお寺で住職となり、その一年後に老僧が病身で引退して空き寺になったというので、三〇分ほど車を走らせた所にある瀬戸内海の漁港の寺を兼務することになりました。
兼務して早々のこと、その寺に一晩泊まって前住職の残していった書類を整理していると、何やら手紙の下書きのような文章が目にとまりました。
「いろいろとご心配かけましたが、Sも○○道場であのようなことがあって、あの世でも雲水修行を続けておると思います」と書かれているではありませんか……。
そうです、あのSさんのことです。
驚いたことに、この寺はSさんの実家で、前の住職はSさんの父親だったのです。
さらに、過去帳を調べてみると、なんと、その晩はSさんのお逮夜(命日の前日)でした。
「偶然の一致」にしては、できすぎています。
翌日、Sさんの命日に、心を込めて供養の読経をしたことは言うまでもありません。
・・・
以来、私は表面的に目に見え、耳に聞こえ、意識される「顕」の世界は氷山の一角であって、私たちを本当に動かしているのは水面下の見えない「冥」の世界に違いないという思いを深めています。