わかりやすい説明

喜嶋先生の静かな世界 The Silent World of Dr.Kishima (講談社文庫)

理系だからなんかちょっと違うのかな?と変わった人に見られる人と、ふつうと言われる人とのコミュニケーションのすれ違いは、こんな感じで起きることが多いのでしょうね。

P170
 喜嶋先生という人物は、とにかく真面目で、時間にも厳格だし、何事につけてもきっちりとしている、という評価が周囲では一致している。性格は誠実だけれど、なんでも素直に口にするし、少々表現が直接的だから、第三者には突っ慳貪な人だと見られるだろう。だけど、先生は「言葉はわかりやすい方が良い」という信念を通されているだけなのだ。・・・先生はこんなふうにおっしゃったことがある。
「普通の人間は、言葉の内容なんかそっちのけで、言葉に表れる感情を読み取ろうとする。社会ではそれが常識みたいだ。そうそう、犬がそうだよ。犬は人の言葉の意味を理解しているんじゃない。その人が好意を持っているか敵意を持っているかを読み取る。それと同じだね。特に日本の社会は、言葉よりも態度を重んじる傾向が強い。心が籠もっていない、なんて言うだろう?何だろうね、心の籠もった言葉っていうのは」先生はそこでふんと鼻から息を吐いた。「そういう文化を否定しているのではない。ただ少なくとも、研究者の間では、言葉は、それが意味するところ、その意味から形成される共通認識がすべてだ。怒った顔で話そうが、笑いながら言おうが、言葉の意味とは無関係なんだ。どんな言葉を使ったか、それがすなわち、研究者の心だ。だから、普段から、いつも自分の心のまま、考えたまま、正直に言葉にするようにした方がいい。そういう習慣を身につけた方がいい。それが誠実な研究者というものだ。親しい人に対しても、駄目なときは駄目という。いけ好かない奴でも、そいつの言っていることが正しければ、拍手を惜しまない。信用できる研究者っていうのは、そういうものだ。感情なんてちっぽけなものに流されてはいけない。君もあと三年もすれば、きっとわかるよ」
 喜嶋先生を身近で見ていれば、この言葉がそのとおりの意味で、すぐに呑み込める。研究発表会などで討論になったときにも、喜嶋先生は、相手が学生でも教官でも、ほとんど口調が変わらない。社交辞令のような余計な言葉は一切口にされない。内容を直に言葉にして、手短に発言される。聞いている僕たちが、どきっとすることも多い。ちょっとそれは言い過ぎじゃないか、なんて感じてしまうからだ。