ピダハン

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

古武術で有名な甲野義紀さんが対談の中で、最近読んだ本の中で一番おもしろかった、と言っているのを目にして読んでみました。
アマゾンに住む少数民族ピダハン。
こんな文化もあるんだー…と、とても興味深かったです。

P113
 わたしは次第に、ピダハンは未来を描くよりも一日一日をあるがままに楽しむ傾向にあると考えるようになっていったが、ピダハンの物質文化には、その説を裏づけてくれる特徴がほかにも数々見られる。将来よりも現在を大切にするため、ピダハンは何をするにも、最低限必要とされる以上のエネルギーをひとつのことに注いだりしない。

P384
 ピダハンの言語と文化をもっとよく見ると、同様にわたしたちには教訓となりそうな事実がまだある。ピダハンには、抑うつや慢性疲労、極度の不安、パニック発作など、産業化の進んだ社会では日常的な精神疾患の形跡が見られないことだ。だがピダハンが精神的に安定しているのは、抑圧がないからではない。心理的抑圧を受けるのは先進国だけだとか、精神的な困難は先進国特有のものだと断じるのは独善的というものだ。
 たしかにピダハンは請求書の支払期日を気にする必要はないし、子どもをどの大学に行かせればいいかという悩みとも無縁だ。だが彼らには、命を脅かす疾病の不安がある(マラリア感染症、ウィルス、リーシュマニアなど)。性愛の関係もある。家族のために毎日食料を調達しなければならない。乳幼児の死亡率は高い。獰猛な爬虫類や哺乳類、危険な虫などに頻繁に遭遇する。彼らの土地を侵そうとする侵入者の暴力にもさらされている。村にいるとき、わたしの暮らしはピダハンたちよりはずっと気楽なはずなのだが、慌てふためくようなことがいまだに多い。違いは、わたしは慌てふためくが、彼らは慌てないということだ。
 わたしはピダハンが心配だというのを聞いたことがない。というより、わたしの知るかぎり、ピダハン語には「心配する」に対応する語彙がない。ピダハンの村に来たMITの脳と認知科学の研究グループは、ピダハンはこれまで出会ったなかで最も幸せそうな人々だと評していた。・・・わたしも過去三〇年余りで、アマゾンに居住する二〇以上の集団を調査したが、これほど幸せそうな様子を示していたのはピダハンだけだった。・・・