高野秀行さんの本、おもしろかったのでもう一冊読みました。
P165
―どうしてこんな連載を始めてしまったんだろう……。
日本に移り住んだ外国人の食生活を、個人の物語とその人が属するコミュニティ(民族・国家・地域社会)をからめながら描く―。
欲張りすぎだ。おかげで取材が想像以上に大変なものになった。ふさわしい人や場所を探して選ぶだけでも手間なのに、・・・
著者がこんな思いをしながら出来上がった成果は、とてもあたたかくて面白い読み物でした。
いろんな魅力的な人が登場しますが、著者の友人のアブディンさんはキャラが濃かったです。
P348
そんなふうに私と馬鹿のかぎりを尽くしていたアブディンだったが、三十二歳のとき、にわかに「結婚したい」と言い出した。それも日本人でなく、スーダン人と。
「親がもう高齢だからね。面倒みなくちゃいけないし、それにはやっぱりスーダン人でなければ無理だと思う」
だからといって、そう簡単に結婚相手が見つかるのか。アブは目が見えないというハンディを背負っているし、まだ学業も終えていない。相変わらず堪え性がないというか、思いつきで生きている男だよなあと共通の友人たちと話していたのだが、それから三ヵ月もしないうちに、「タカノさん、僕、結婚したよ!」と電話があり、たまげた。
イトコ(女性)の親友という小学校の国語の先生を紹介されたら、その人とすごく気が合い、すぐ婚約したのだという。堪え性がないとは、見方を変えれば「即断即決の力」である。
P381
スーダンのアブディンは二〇一三年に初の著書『わが盲想』を上梓。その「あとがき」で、「ぼくがモタモタしているすきに(博士)論文が生まれていないのに次女が生まれてしまいました。論文はいまだ妊娠中です」と書いたが、なんとその後、さらに長男が誕生。博士論文が出たのは結局、子供三人が生まれたあと、今年の三月のことだった。
しかも、その直前、スーダンに一時帰国している最中、彼は友だちのバイクに二人乗りしているとき交通事故にあい、足のつま先と膝を骨折、車椅子で日本に戻った。
私は車椅子を押して彼の入院手続きをしたのみならず、彼にかわって次女の保育園入園の保護者面談に出席するはめになった。
それにしても、外国人で目が見えず、大学院生という事実上「無職」のまま、日本語のわからない奥さんとの間に子供を三人も作るとは、どうかしているにも程がある。が、いっぽうで、私は日本の少子化対策への大きなヒントもここに見いだした。
それは「無計画であること」だ。
子供ひとりが成人するまでにかかる費用が何千万円だとか、夫婦が共働きしていると子育てが難しいとか、そういう話をよく耳にする。だが、そんなのは一般論に過ぎないし、ましてや個人や家族や社会の未来のことなど誰にもわからない。
アブはこう言う。
「子供がひとり生まれることで、神様がその分の”福”をくれるって僕は思うんですよ」
現に、この三年間の間に、高倍率の公団住宅に当たって格安で広めの家に引越し、博士号も遅まきながら取得したうえ、東京外国語大学に特任助教と立教大学非常勤講師の口を得た。『わが盲想』も評判が良く、新しく執筆の依頼があちこちから来ている。・・・