ぶれないこと

ヒデキマツイ

松井さんの本に「不動心」というのもあって以前読みましたが、ぶれないことについて語られてました。

P82
 ・・・片頭痛は残った。
「ちょっと楽になったんだけど、結局、完全に治るまで、一週間から十日かかった。ずっと、頭がボーッとしてる感じ。それで、痛いときは、ドン、ドーンて、感じでした」
 ・・・
「これほど、心身ともに疲れ切っていたのは初めて」と、整体師は言った。そして「人が良すぎるからだ」と、理由づけした。
「彼は、責任感が強すぎる。チームが沈んで、自分が、という気持ちが前に出すぎている」
 ・・・
 のどが焼けるような勝利への渇望が、冷徹な松井の理性を溶かしたとしか思えない。まるで法則でもあるかのように、連敗後に、決まってバットが折れた。
「すごい傾向ですね。それこそ深層心理でしょう。だから、打たなくていいボールに手を出しちゃう。自分の状態が悪くないのに、試合になるとそうなるってことは、心の問題なんでしょうね」

P89
 松井がジーターのことを、「選手」としても「人間」としても尊敬していることは前に触れた。
「人間として、彼のことが好きですね。彼のすごさは、いつも変わらないことです。常に、自分と接している相手のことを考えてますよね。誰と接していても変わらない」
 選手として尊敬する理由も、「不変」あるいは「不動」の姿勢だという。
「周りは、ジーターはチャンスになったら、燃えるとか言うんですけど、僕の中での彼の評価は、変わらないすごさ、なんです。どんなに緊張するような場面でも、普段の2アウト、ランナーなしの場面でも、彼のルーティーン、例えば、打席に入ってからの表情とか、一球一球に対する集中力だとか、それが変わらない。それが常にできているから、追いつめられたような場面でも、常に普通にプレーできる。そういうところに、自分と通じるものがあると感じる」
 苦悶の中で、松井は常に問い続けた。
「明日はどうすべきか」
 答えはいつも、ひとつしか浮かばなかった。
「変わらないこと」
「新しい松井」を求めるより、「いつもの自分」を貫く。苦境に陥った時ほど、ひたすら自分を信じるしかない。
 ヤンキースの4番という重圧、そして、やむことのない雑音の中で、その信念を通すことがいかに困難なことか。・・・
「根本的に何か変えたことはない。悪いからといって、変える必要はないと思う。よくなる努力はしますけど、要は自分を変えないこと。だから日々のルーティーンも変えない」
 五月半ば、ヤンキースの連勝は「10」まで伸びた。「底力のあるチームというのは、波に乗り出すと、やっぱり強いですよ。勝ち方を思い出すんですよ」
 松井は11試合続けてヒットを放った。自己新記録だった。連続安打中の打率は3割5分を超えた。気がつけば頭痛はやんでいた。