偶然の装丁家 (就職しないで生きるには)

精神は間にある、というかすべてをつないでいる、というか?
読みながら色々なことが浮かびました。

P182
 精神というものは、自分のからだや自己の内側に宿っているものではなく、他者のからだとの間にある。異なる人間の間に、バチバチッと飛ぶ火花、それが精神であり、いのちそのものだ、という話は、すっと腑に落ちるものだった。
 ・・・ぼくは、自分が生みだすもののなかに自分がいるとは思えない。むしろ自分なんて、そのときの状況や関係でいかようにも変化するし、移ろいやすいものだ。確固たる個性なんて存在する暇もなく、ぼくという人間は刻々と変化していく。
 個性があるとすれば、ぼくのなかではなく、それを感じる他者のなかにしかない。ぼくのつくり出した絵やデザインが他者に反射して、はじめて価値が生まれる。美しいと思うも、つまらないと思うも、絶対的な評価ではなく、ただそのごく個人的な感性に響いているだけだ。
 ・・・
 デザインの仕事をしていると、つい「自分のデザイン」というものを口にしてしまう。おそらく、依頼主も「矢萩多聞のデザイン」というものを期待して仕事を頼むのだろう。しかし、そういった固定化されたイメージによって、デザインのなかに自分の砦をつくってはいけない、と思った。
 わたしのデザイン、ではなく、あなたたちの間に立つデザイン。毎回答えはないし、テンプレートにあてはめるように作業を進めることなんてできない。最高におもしろく、最悪に面倒な仕事だ。
 I am a designer.のIの部分ではなく、amの部分にこそ、デザインのきらめきが宿っている。そこに一冊の本があり、ページをめくる読者がいて、はじめて本のいのちが燃える。すべてを伝える必要はない。何かの拍子にバチッと飛ぶ火花があり、何十分の一かの体温が伝わる。そんな風に本をつくりたい。