社会

偶然の装丁家 (就職しないで生きるには)

この感覚、社会の見え方が変わる感じも含めて、わかる気がしました。

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 インドの社会には「なんでもない場所」がけっこうある。チャーイ屋、雑貨屋、八百屋……小さなお店の軒先が、いいぐあいにみんなの縁側になっていて、ちょっと座ってお茶が飲める。隣に座った人と気兼ねなく話ができる。あの距離感がいい。
 一〇代のころ、ぼくは日本に帰国するたびに、都市の居心地の悪さを感じていた。不毛な時間にしか思えなかった学校、自分のことしか考えずに行き交う人の波、満員電車に疲れたサラリーマン、選挙のときばかり大声をあげる政治家たち、世に流行るものは軽薄でつまらないものばかり……こんな日本でぼくはどうやって生きていったらいいのか。いま考えると、ステレオタイプに見ていただけかもしれないが、そのときのぼくにとっては切実な悩みだった。
 お客さん、友人、旅人たち……彼らと自分をつなげる楽しい「世界」と、ルールや常識でコントロールされる「社会」の間に、容易に超えられない溝を感じていた。
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 ふだんは「社会」から外れたところに生きていて、ときどき折り合いをつけてその塀のなかに入ったり出たりする。絵を描くことは「社会」のなかにいてはできないが、絵を売ることは「社会」のなかに間借りしたギャラリーで行わないといけない。そんな風に思っていたが、本の仕事でいろいろな人と出会うことで、その考えも少しずつ変わっていった。「社会に出たらちゃんとしないと」という台詞がある。人間が成長とともに「社会」というリングにあがって闘うことを強要するようなことばだ。
 しかし、じつは人間は生まれてすぐ〇歳のときから、社会のなかに生きている。学校に行けなくなったときも、インドに行って暮らしたときも、ぼくは社会の外にはいない。むしろ社会のなかにいたからこそ、絵を売り、本をつくりつづけられたのだと思う。客観的に見れば社会的弱者だったのかもしれないが、それでも社会に生きていないわけではない。
 ふつうに暮らしている人は社会に順応できている人だと一括りにしていたけれど、彼らにもそれぞれ悩みがあり、楽しみがある。ぼくは「社会」という言葉にとらわれるがあまり、目の前の人たちの物語を無視していた自分の姿に気がついた。そのとき世界の見え方がガラリと変わった。