寄り道を大切にする

最後はなぜかうまくいくイタリア人

仕事でこれができるのがすごいな〜というか(^_^;)
なんかうらやましく思ったりも…

P76
 ・・・「いま」に100%集中できるイタリア人の能力について述べたが、これは新しい関心が出てくると、今度はそちらに100%集中することを意味する。何かをしている最中に新しい興味の対象ができると、本来の目的を忘れて今度はそちらに熱中してしまうのだ。
 私はイタリアのワインガイドの仕事をしているが、毎年8月の初めに、その年のワインの最終評価を決める重要な試飲会を、4日間にわたりトスカーナで行う。その試飲会に向かう日のことだった。
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 11時の予定だった出発は、その日の朝にAが妻と喧嘩したために1時間遅れて、12時になった。・・・
 アウレリア街道は夏の海水浴客で渋滞していて、思った以上に時間がかかった。それでも13時半になるとAは、「どこかこの近くで美味しいレストランを探そう」と言い出す。・・・今日はグルメ目的の旅ではなく、トスカーナに夕食前に到着することが目的の旅なのだから、ランチはやめて、バルでパニーノでも食べておくのがどう考えても無難だ。その旨を主張すると、「レストランの主人に頼んで軽くしてもらえば、早く済むから大丈夫」との答えが返ってくる。
 イタリアで何度このセリフを聞いたことだろう。そして、一度としてそのようになったためしはない。・・・
 ・・・Aの頭の中はすでに「遠路はるばる食事を楽しみに来たグルメ客」に切り替えられてしまっていて、主人と一生懸命おしゃべりし、何を食べるか検討している。・・・
 結局は前菜、プリモ、メインとしっかり3皿食べて、店を出たのは15時半過ぎだ。・・・
 さあこれからは一路目的地に向かおうと思っていると、Aが、「いま飲んだワインの生産者が近くにいて、訪問できるし、直売りもしているそうだから様子を見に行こう」と言い出す。「夕食に間に合わなくなるよ」と反論すると、例によって「ちょっと覗くだけで、サッと切りあげるから」と答える。
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 新しいワイナリーを発見することは、私たちのような仕事をしている者にとっては常に心躍る体験であるし、興味が尽きない。しかし、私たちはワイナリー見学に来たのではなく、夕食会に向かうことが目的の旅をしているのだ。お土産のワインをたくさんもらって、ワイナリーを出たのはもう17時近かった。
 「これで夏のバカンス用の白ワインができた。妻は白ワインしか飲まないんだ」とAは呑気なことを言っているが、もう確実に夕食には間に合わない。
 しかし、これからがイタリア人の火事場の馬鹿力の見せどころである。日ごろは慎重な運転をするAが、さながらF1ドライバーと化し、猛スピードで目的地に向かって突っ走り、結局40分遅れで到着した。予想通りほかのメンバーも遅れていたので、結局は遅刻したことにすらならなかった。
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 ・・・イタリアではこのようなことが頻繁に起こる。最終目的はあくまで最初の一歩を踏み出す方向を示してくれる北極星のようなもので、醍醐味はその過程、寄り道にあるのである。
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 本来の目的を忘れて寄り道に熱中する。しばしばそこから非常に面白い経験や発想が生まれる。イタリア人は事務遂行能力は低いが、発想とアイディアは抜群だと讃えられる。そのような卓越した思い付きは、彼らの得意技である寄り道や脱線から生まれているのかもしれない。