鈍足バンザイ! 僕は足が遅かったからこそ、今がある。

鈍足バンザイ! 僕は足が遅かったからこそ、今がある。 (幻冬舎文庫)

 「自分の短所に真っ正面から向き合い、少しでも改善出来るように努力を積み重ねていく」大事なことですが、こんなにちゃんと徹底できる人も珍しいのかもしれない・・・しかも笑いながら・・・など思いつつ、読みました。

 

P31

 サッカー選手に限らず、ジンクスを大切にする人は多いと思う。・・・でも、僕の場合、こだわりは何もない。仲間から驚かれるくらいにこだわりがない……。試合前のバスでは、ウッチーから耳にイヤホンを入れられ、されるがまま、彼の好きな音楽を聞かされていたり(笑)。

 ・・・

 そんなおおらかな?(適当な?)性格がサッカーに活きたのが、2013年の最後の試合だった。

 苦戦が予想されたハンブルガーSVとのアウェーでの試合で、僕は2ゴール、1アシストを記録。・・・ 

 ・・・

 実は、この試合の前に、普段の試合で使っているスパイクが壊れてしまっていた。スパイクは消耗品。いつ壊れてもいいように、いつもなら予備のスパイクを用意しているのだが、うっかりしていて同じ型のスパイクの予備を切らしていたのだ。もちろん、契約しているミズノの担当の方に頼んで、日本から送ってもらう方法がなかったわけではない。でも、送ってもらっても間に合うかわからなかったし、足にスパイクを馴染ませる時間もなかった。

 僕が思ったのはシンプルなことだった。

「ま、えぇか」

 ピッチでは継続して取り組んできた成果が出たけれど、助けてくれたのはいつもと違う型のミズノのスパイクだった。

 当然、スパイクにはこだわりがある。「試合で最新型を履く」ことで宣伝になるから、ミズノに迷惑をかけてしまったことは反省しているけれど、トラブルに心をかき乱されないことも大切なんだと思う。

 ・・・

 プロのサッカーは出入りがとても激しい。監督も突然代わったりするし、コンビネーションが良くなってきた相棒的選手が突然移籍したり、そういう変化にアジャストするためにも、車のハンドルのアソビ、じゃないけど、「心のアソビ」部分は残しておきたいなって思う。

 こだわりは、ほどほどに。

 変化やトラブルを楽しむくらいが僕の場合は、良いのかもしれない。と、だらしない自分を肯定する項をお届けしました(笑)。

 

 日本代表のなかで、僕は最も目が悪い選手かもしれない。と言っても、普段から牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡をかけなければいけないという話ではない。

 視野が狭い。

 サッカーの世界では、よくそんな表現をする。僕は目の前のことしか見えない。ものすごく視野の狭い選手なのだ。

 ・・・

 あるとき、そんな自分のために知り合いが貴重な機会を作ってくれた。オリンピック競技でもあるクレー射撃の経験者の方が、さまざまな道のエキスパートたちと会わせてくれたのだ。そのなかに視野とピントを合わせる力がどれくらいなのかを測る人がいたので検査をしてもらうと……。

「キミは、目の前のものを見る能力がずば抜けているよ」

 どうやら僕は2つのものを同時に視界に捉える能力が極端に低いらしい。・・・そのかわり、目の前のものを見つめる能力だけは、ずば抜けているそうだ。

 心強いアドバイスだった。「なんで周りが見えないんやろう?」と悩んでいた僕が、「目の前のことをくっきり見る能力はあるんや」と考えられるようになったからだ。

 そのアドバイスが活きたのが、2013年にブラジルで行われたコンフェデレーションズカップ(以下コンフェデ)だった。この大会で僕はイタリアとメキシコという強豪国からゴールを奪うことが出来た。

 ・・・

 実は、あの大会に僕はある決意を持って、臨んでいた。

 周りの様子を見ないで、ひたすら「ゴールだけを見る!」ということだ。

 視野の狭い僕は、色々なものを見ようとして失敗していた。・・・

「思いきって、ゴールだけを見よう。エゴイストになってみよう」と。

 ・・・

 この「エゴイスト宣言」で、ひとつの大きな発見があった。

 ゴールだけを見ようと集中して結果を残せたことで、自然と余裕が生まれた。おかげで、少しずつではあるけれど、ゴール以外の部分も視野に入るようになってきた。

 ・・・

 ゴールを見ることだけに集中する→多くのゴールを決める→そこから余裕が生まれる。「ゴール」という幹をくっきり捉えることで、今度はゴール以外の枝葉部分も目に入るようになったのだ。

 最近になって気づいたのは、そうした考え方は他にも応用できるということ。余計なものをシャットアウト出来れば、不器用な人間でもそれなりの成果を手に出来るような気がしている。

 

P119

 僕は本当に小さな人間だ。それを実感して、みじめな気分になることがある。

 テクニックのある選手を見ても、別にうらやましいとは思わない。ただ、そんな選手が簡単なトラップミスやパスミスをすると……。

「お、あいつでもこんなミスをするんだ!」

 そう感じて、ホッとすることがある。そして、ちょっぴり勇気づけられる。

「それなら、オレがミスしても不思議じゃないやろー」

 そうやって気楽に考えてプレーしたら、今度は意外と上手くプレー出来たりする。

 

P107

 毎年オフに、楽しみにしているのが「俊さん会」だ。

 同じ事務所に所属する俊さんに、サッカーからプライベートに至るまで、さまざまなアドバイスをもらう会。・・・

 ・・・

 僕が代表に入ったころ、10番を背負い、活躍していたのが俊さんだった。右も左もわからない僕にたくさんのアドバイスをくれた。

 ・・・

 メディアとの付き合い方でも、俊さんの言葉に学ぶことは多い。サッカー選手なんて、活躍出来る試合もあればそうでない試合もある。俊さんが教えてくれたのは、そこで何を話すべきかだ。

「ゴールを決めた試合のあとに、良かった点を挙げるのは簡単だよ。でも、そうじゃない」

 俊さんが伝えたかったのは、こういうことだ。

 自分のプレーに手ごたえがあるときこそ、課題を挙げる。それによって自分をいましめることになるし、「オカザキは調子に乗っている」と思われずにすむ。

 逆に、課題ばかりが見つかった試合では、そのなかで見つかった手ごたえを考え、口にする。そうしないと、自分の意図が誤って伝わってしまい、「オカザキは不満を爆発させた」と思われてしまうかもしれない。

 良いときはおごらず、悪いときは落ち込みすぎない。それを教えてくれたのが俊さんだった。

「いいか、オカ。ゴールを決めたときは考えてみるんだ。誰がパスを出してくれたのか。その人への感謝を口にしないとな」

 ゴールを決めると喜びを爆発させてしまう僕の頭のなかに、あのアドバイスは今も焼きついている。

 

P211

「オマエはダイヤの原石だ」「将来は日本代表になれるぞ」など、いくつもの忘れられない言葉をかけてくれた荒川さん。でも、「たかがサッカー、されどサッカー」という言葉を聞いた当時は、ピンと来なかった。

 この言葉の意味を理解出来たのは、荒川さんがコーチを務めていた滝川二高を卒業したずいぶんあとだった。・・・

 ・・・

 僕はサッカーを愛している。サッカーのない生活なんて考えられない。でも、サッカーが出来なくなっても死ぬわけではない。それに、プロサッカー選手をやめなければいけない日が来たとしても、草サッカーなら出来るじゃないか!

 そう思い、プレッシャーを克服しようとしたときに、荒川さんの言葉をようやく理解出来たし、勇気がわいてきた。

「全力でサッカーに取り組んで、それでクビになったら仕方がないじゃないか」と。

 そうやって開き直れたことが良かったのか、28歳になった今も現役を続けられている。

 

P215

 名波浩さんや福西崇史さんと同期入団で、ジュビロ磐田の黄金期を支えた山西さんは、僕がプロ入りしたのと同じ年にエスパルスへ移籍してきた。

 当時の僕は簡単に試合に出られるはずもない。いつ試合に出られるのか、見当もつかなかった。そんな僕に対して、山西さんはこう話してくれた。

「高卒の若手なら、真面目にやっていれば3年間は面倒を見てもらえる。だから、試合に出られるのか、出られないのかにとらわれていてはダメだ。この3年間でプロサッカー選手としてやっていくための土台を作るんだ。それさえ出来れば、たとえエスパルスをやめることになっても、サッカー選手として食べていけるはずだよ」

 山西さんの言葉を聞いて、目先のことだけではなく、自分の将来のことを考えて、毎日の練習に取り組めるようになった。

 

P256

 今、改めて思い出した言葉があります。

「ひるまず、おごらず、はつらつと」

 これは母校・滝川二高のモットーです。・・・

「ひるまず」という言葉が、僕の背中を押してくれました。

「失敗してもいいじゃないか。オレがどれだけ失敗してきたか。失敗の数だけならワールドクラスや」

 そう思ったことは一度や二度ではありません。

「おごらず」という言葉を僕は「盲信している」のかもしれません。それくらい、僕は自信がありません(笑)。ゴールを決めたとしても調子に乗らずにいられるのは、「おごったら終わりだな」という考えが僕の心に刻み込まれているからだと考えています。

「はつらつと」サッカーをしてきたことについては、ほんの少しだけ自信を持っています。エスパルスに入ったころは先輩から叱られてばかりでした。そんな僕が腐らずに、あるいはグラウンドの片隅に追いやられずに、ボールを蹴ることが出来たのは、怒られても、あきれられても、元気はつらつとサッカーをやろうと心がけてきたからなのだと思っています。

 僕が、ひとつずつステップを踏んで前に進んでこられたのは、実は、あのモットーを通して人間性を磨かせようとした黒田先生の考えが正しかったからなのかもしれません。

 ボールを蹴ったり止めたりする技術を磨く前に、高度な戦術を理解するサッカー脳を鍛える前に、先の見えない恐怖の走り込みをする前に、人として大切なものを教えてくれた。サッカーだけをやらせるわけではない。そんな指導は、遠回りのように見えて、僕がサッカー選手として成長するためには近道だったのかもしれません。